87 呼び出し
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団長さんと踊り終わった後、私達を待っていたのは所長をはじめとした、いつもの面々だった。
所長、師団長様、インテリ眼鏡様と代わる代わる踊ったわ。
何でそんなことになったのかというと、周りの人達を牽制するためだ。
この機会に【聖女】とお近付きになろうとする人達が多かったのよね。
私にダンスを申し込み、踊っている最中にあれこれお話をしようとしていたらしい。
最初は、そんな人達がいるなんて気付いていなかったんだけど、所長に教えてもらったのだ。
周囲を見回したら、獲物を狙う視線がこちらに集中していて、思わず背筋に震えが走ったわ。
結局、所長達の働きのお陰で、舞踏会で私に近付けた人はいなかった。
もし、私一人で対応しろって言われたら無理だったので、非常に助かった。
そんな舞踏会が終わり、再び平和な日々が戻ってきた。
存在が公になったことで、見知らぬ貴族の人達から何かしら接触があるかなとも思っていた。
しかし、予想外に周囲は落ち着いたものだった。
「平和ですね」
「どうした?」
研究所の所長室で、所長にコーヒーを出しながら呟くと、カップを持ち上げて香りを楽しんでいた所長が視線を上げた。
「お披露目会からこっち、何も変わらず平和だなと」
「あぁ。王宮の方で対処しているんじゃないか?」
「王宮で?」
王宮で対処という言葉に首を傾げると、所長は詳しく説明してくれた。
舞踏会で所長達がガードしてくれたお陰で、私に近付けた人達はいなかった。
ただ、皆が皆それで諦めるかというと、そうではない。
所長曰く、諦めきれない人達が、何とか【聖女】とお知り合いになろうと、王宮にお茶会や舞踏会の招待状を送ってきているんじゃないかという話だった。
「招待状なんて受け取ったことありませんけど」
「だから、文官達が丁重にお断りしてるんじゃないか?」
「してるんでしょうか?」
「まだ魔物の討伐は終わってないんだろう? それを口実に、断ってるんだろうな」
「そうですね。最近は行っていませんけど、黒い沼が確認されたら、すぐに行くことになりそうですし」
こちらも相変わらず、黒い沼が見つかったという連絡はない。
しかし、見つかればすぐに出動できるよう、待機中ではある。
もちろん、お茶会等よりも魔物の討伐の方が優先されるので、討伐を理由に欠席の返事を返しているというのは納得できる話だ。
「なら、暫くはまた研究三昧の日々になりそうですね」
「ははっ、そうだな」
所長と笑いながら話していたのがフラグになったのか、この目論見はすぐに崩されることになった。
所長室から出ようとしたところで、ドアがノックされたのだ。
所長が応答すると、従僕さんと共に文官さんが入室してくる。
深刻な表情の文官さんから伝えられたのは、所長と共に、直ちに王宮に来るようにという言葉だった。
取るものも取り敢えず、文官さんと一緒に王宮へ向かうと、国王陛下の執務室へと案内された。
普通の部屋ではなく、陛下の執務室へと案内されたことに、思わず所長と顔を見合わせる。
言葉を交わす間もなく部屋へ入ると、国王陛下と共に宰相様もいらっしゃった。
お歴々が揃っていることに、一体どういった用件で呼び出されたのだろうかと不安になる。
「よく来てくれた。掛けてくれ」
「はい」
宰相様が応接セットのソファーに座るよう勧めてくれた。
所長と一緒に座ると、すかさず侍従さんが紅茶を用意してくれる。
紅茶のいい香りが辺りに漂ったけど、それを楽しむ余裕はない。
何てったって、呼び出された先が国のトップの執務室だもの。
陛下も宰相様もいつもと変わらず、穏やかな表情をしているものの、余程の用件よね?
何を言われるのかとドキドキしていると、陛下が口を開いた。
「先日はお披露目会、並びに舞踏会に参加してくれて、ありがとう」
「あ、いえ。こちらこそ、ご招待いただき、ありがとうございます」
まずは世間話からなのか、この間のお披露目会についての話となった。
招待されたお礼を言うべきなのか悩ましかったけど、他に気の利いた言葉も浮かばず。
取り敢えず、疑問形にならないようには気を付けてお礼を伝えると、陛下は困ったような笑みを浮かべた。
「会の後、誰かセイ殿へと接触を図るような者はいたかな?」
「いいえ。今のところ、特に知らない方から声を掛けられるといったことはありません」
「そうか。なら、いいんだ。もし、迷惑を掛けるような者がいれば、遠慮なく言って欲しい。こちらで対処しよう」
「ありがとうございます」
陛下の言い方からして、所長が言っていたように王宮で何かしらの対処をしていた訳ではないのかしら?
もしかして、これから招待状やら何やらが研究所に届くのだろうか?
疑問に思っていると、宰相様から補足説明があった。
所長の言っていたことは正しかったらしい。
宰相様の話によると、現在、【聖女】の社交に関する窓口は王宮が担っているようだ。
窓口については各貴族家に周知されており、【聖女】へのお茶会や舞踏会の招待状は全て王宮に送られて来ているのだとか。
ちなみに、この対応は慣例的なものだそうだ。
今まで、この国で発見されて来た【聖女】には平民出身の者もいた。
そういう【聖女】達は貴族出身の者達と違い、後ろ盾となる人がいないため、代々王家が後見人となっていたそうだ。
異世界から召喚された私への対応も、平民出身の【聖女】に倣ったものなのだろう。
招待状の選別を自分でしたいのならば、研究所へ転送してくれるという提案も宰相様からあったが、丁重にお断りした。
送ってきた人の名前を見て、お付き合いした方が良いか、距離を置いた方が良いかなどの判別ができないからだ。
王宮で色々な講義は受けているけど、まだまだ勉強不足なのよね。
それに、積極的に政治に関わったり、社交に精を出したりする気にはならない。
研究所で働いて、自活できれば充分で、後は【聖女】しかできないことを対応すればいいかなと思っている。
だから、積極的には社交を行わない旨をお伝えして、王宮の方で対応してもらうことにしたのだ。
それにしても、今日呼ばれたのは、このことを説明するために呼ばれたのだろうか?
宰相様との話が終わり、紅茶を一口飲んで考えていると、再び陛下が口を開いた。
陛下の雰囲気が引き締まったものに変わった。
ここからが本題のようだ。
「実は今度、我が国に留学生が来るのだが、研究所にも少し協力してもらいたい」
「協力ですか?」
陛下の言葉に、所長が怪訝な表情を浮かべる。
留学生への協力というと、研究所の見学にでも来るのかしら?
でも、それだけなら私が呼ばれた意味が分からない。
どういうことだろうかと、陛下の言葉の続きを待つと、宰相様が説明をしてくれた。
この国と取引がある、ある国の王子が今度留学にやって来ることになったのだそうだ。
今までそういった交流はなかったのだけど、急に向こうから留学に来たいという申し出が来たらしい。
何でも、その王子様は自国とは異なる文化や技術に興味があるらしく、今までも様々な国に留学していたのだとか。
そして、留学にあたって、基本的には王立学園で勉強することになったのだけど、いくつかの研究所も見学したいという要望があったらしい。
王宮にある研究所は、国でも最先端の技術を研究しているところばかりで、他国の人に見せられないものも多々ある。
けれども、今後の付き合いを考えて、見せられる範囲で見せることにしたそうだ。
ただ、そこで問題になったのが薬用植物研究所だ。
王子様が指定した研究所には、うちの研究所も入っていたらしい。
研究内容自体は、他の研究所と同様、見せられるものだけ見せればいい。
問題になるのは、私だ。
この国特有の【聖女】の存在については、あちらの国の人も知っているだろうという話だった。
しかし、詳細な能力までは知らないだろうというのが陛下達の予想だ。
陛下達としては、出来る限り【聖女】の能力を秘匿しておきたいので、留学生と私との接触は控えたいのだとか。
それならば、どうするか?
そのことを相談したいというのが、今日呼ばれた本題だった。
陛下達からの案では、留学生がいる間は王宮で過ごし、研究所には行かないというものだった。
けれども、研究所に全く行かないというのは現実的ではない。
研究所の薬草畑で育てている薬草の成長具合を見たいというのもあるし……。
その辺りをどうするかが問題だ。
とはいえ、いきなりの話なので、すぐには良い案が浮かばない。
一度持ち帰って、所長と検討してから回答した方がいいのかもしれない。
所長も同じ考えだったらしく、この話は改めて席を設けることになった。
話が終わり、席を立つ前に、ふと気になったことを陛下に質問した。
何気に、今まで話が出なかったことだ。
「ところで、留学生はどちらの国の方なんですか?」
「ザイデラという国だ」
何だか聞き覚えのある国名に、もしかしてやらかしたかと、冷や汗が背中を滑り落ちた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
本日(2/5)、「聖女の魔力は万能です」のコミック4巻が発売されました!
4巻は冒頭から団長さんがカラーで登場します!(しかも薔薇を背負って!!!
また、遂にアイラちゃんも登場し、舞台裏のお話が進む巻となっております。
ご興味のある方はお手に取っていただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。





