86 舞踏会
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夜の帳が下りはじめた頃、部屋にお迎えが来た。
ソファーから立ち上がり、少し緊張しながら、入り口の方を見る。
部屋に入って来た団長さんは、こちらを向いて、目を見開いた。
「今日はよろしくお願いいたします」
「あぁ……」
挨拶をしても団長さんはこちらを凝視したまま、言葉が出ないといった風だ。
やっぱり服に着られている感満載なんだろう。
自分でもよく分かっているので、ドレスが似合っているかなんて聞けない。
今着ているドレスは、いつものよりも更に豪華だ。
昼に着るドレスと違って、ドレスの彼方此方に宝石が縫い付けられていて、動く度に明かりを反射して煌めく。
宝石が付けられているだけでも十分に豪華だけど、生地も重厚な物が使われていた。
生地は光の加減で金色に見え、ローブの刺繍と同じ意匠の地模様が入っている。
加えて、胸元や肘先は幾重ものレースに覆われ、所々を濃い金色のリボンや立体刺繍で作られた花などで装飾されていた。
総じて、いつもより華やかなのは間違いなく、似合っているかどうか自信がない。
侍女さん達は似合っているって言ってくれるから、否定するのは心苦しい。
けれども、庶民としては、どうしても自信が持てないのよ。
反して、団長さんは流石だった。
いつもの騎士服ではなく、舞踏会用の格好をしていても、非常にしっくりと似合っていた。
ジュストコールは光沢のある紺青色の生地で仕立てられ、襟や前立て、裾に沿って金色を主体に緻密な刺繍が施されている。
中に着ているベストは白い生地で、全体に色とりどりの草花が刺繍された物だ。
騎士服に比べれば非常に華やかなのに、私と違って着られている感じがしないのは、元の素材と育ちが良いからに違いない。
思わず見惚れてしまって、挨拶が出来た自分を褒めたいくらいだった。
「……、すまない。とても綺麗で見惚れていた」
「え?」
お互いに言葉が続かず、お見合い状態だったのだけど、口火を切ったのは団長さんだった。
投下された言葉の威力が高くて、次の言葉が出てこない。
回数は少ないけど、ドレス姿で会う度に褒めてくれていたというのに、今日は何て攻撃力が高いのだろう。
着飾った団長さんの攻撃力は、当社比三倍はあると思う。
脳内でそんな風に思っても、恥ずかしさは落ち着かず、じわじわと頬が熱くなる。
だから、何か話して誤魔化そうとして、つい口に出てしまったのだ。
「ホーク様も……」
「え?」
「あっ! いえっ! 何でも!」
落ち着いて!
何を言おうとしてるの!?
言い掛けた言葉の恥ずかしさに、途中で気付いて盛大に慌てた。
ただ、誤魔化しきれなかったようで、団長さんの頬もほんのりと色付く。
この空気、どうしたらいいの!?
再びお互いに何も話せなくなってしまったところで、小さな咳払いが聞こえた。
「お時間が迫っておりますので」
「あっ! ごめんなさい!」
咳払いの主は、団長さんと一緒に来たらしい文官さんだった。
ハッと気付けば、周りにいた侍女さん達も笑顔でこちらを見ている。
いやーっ!
ま、またやってしまった……。
いつかの再現に、心の中で頭を抱える。
涙目になりつつ、微妙な表情の文官さんに謝って、舞踏会の会場へと足を向けた。
舞踏会の会場は、昼間のお披露目会とは違う広間で催される。
王宮で最も広い部屋の扉は、部屋の広さに比例してか、謁見の間の扉並みに大きい。
広間に入るために並んでいる人達の一番後ろに並びながら、扉を見上げる。
広間への入場は爵位の低い人達から始まり、爵位の高い人は最後の方で入場する。
もちろん、【聖女】である私の順番は、主催者である国王陛下を除くと一番最後だ。
そのため、入り口に到着したときには、既にほとんどの参加者が入場していた。
広間に入る際には係の人から名前を呼ばれる。
広間に居る人達に向かって、誰が来たかを知らせるものらしい。
舞踏会へは招待客の一人として参加するけど、間違いなく注目を浴びるわよね。
多くの人の視線が集まることを想像すると、嫌でも緊張する。
「緊張してるのか?」
「それはもう」
緊張で硬くなってしまったことが伝わったのか、団長さんに心配された。
問い掛けを肯定すると、団長さんの腕に回している手の甲を宥めるように撫でられる。
団長さんの方を見ると、穏やかな笑顔が目に入った。
心配はいらないと言われているようで、少しだけ肩の力が抜ける。
そうね。
お披露目会と違って、今回は団長さんが隣にいる。
掌に感じる温かさに勇気を貰って、扉の前へと足を進めた。
「ホーク辺境伯家、アルベルト・ホーク様。セイ・タカナシ様」
名前を呼ばれると同時に広間へ入ると、案の定、会場中の人の視線がこちらを向いた。
講義で学んだ通り、笑顔を浮かべているつもりだけど、引き攣っていないか心配だ。
広間の奥に置いてある玉座に集中して、周りの人を意識から外し、何とか緊張をやり過ごした。
団長さんが導くままに、玉座の近くへと向かうと、周りの人が自然と避けてくれる。
【聖女】パワーかしら。
まるでモーセの海割りのよう。
遠い目になりつつ玉座の前まで進み出て、足を止めると、幾許もしないうちに国王陛下が玉座脇のドアから広間へと入ってきた。
そして、開会の挨拶が始まる。
挨拶でも魔物の減少について話され、会場の雰囲気は明るいが、私はそれどころではない。
この後のことを考えると、解れた緊張もぶり返し、全く余裕はない。
偉い人の挨拶にしては短い時間で終わり、陛下が右手を上げると、待機していた楽団が演奏し始めた。
いよいよか……。
団長さんのエスコートで広間の中央へと進み出る。
指定位置に着いたら、団長さんの腕から手を離し、向かい合った。
団長さんのお辞儀にカーテシーで応え、踊り始める。
ステップを思い出しながら、音楽に合わせて体を動かす。
たとえ脳内は慌ただしくとも、笑顔を浮かべ、優雅に見えるように。
必死になりながら踊っていると、団長さんに話し掛けられた。
「セイ」
「はい」
「私を見て?」
そういえば、相手の顔をちゃんと見ていないといけなかった。
正面に固定していた顔を上げると、甘やかに微笑む団長さん。
熱を帯びた視線の直撃を受けて、ステップがずれたけど、団長さんがすぐにフォローしてくれたので立て直せた。
一杯一杯な状態で、そんな攻撃をして来ないで欲しい。
「すみません。ありがとうございます」
「いや、こちらこそすまない。笑顔が固かったから、つい」
フォローのお礼を言うと、団長さんからも謝られてしまった。
確信犯か。
視線で非難すれば、重ねて「ごめん」と謝られる。
でも、謝りながらも笑顔なのはどういうことでしょうか?
踊っている最中だからというのもあるだろうけど、それにしては楽しそう。
私の緊張を解すためというより、揶揄われているような気がしてならない。
これ、少しだけむくれてもいいわよね?
そんな応酬をしていると、ダンスが終盤に差し掛かった。
良かった、何とか踊りきれそうだ。
「セイ。今日は一緒に踊れて嬉しかった。ありがとう」
「私もです。ありがとうございます」
ホッとしたのが伝わったのか、もうそろそろ終わると言うところで、再び団長さんから声を掛けられる。
笑顔で応えたところで、ちょうどダンスが終わった。
最後に、団長さんと一緒に、カーテシーでお辞儀をすると、周りから拍手が起こった。