84 招待状
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「お披露目会ですか?」
「はい」
研究所でいつものようにポーションを作っていた、ある日。
所長に呼ばれて所長室に行くと、王宮から文官さんが来ていた。
所長と共に応接セットのソファーに座り、話を聞くと、お披露目会を開くと言う。
誰のって?
私のよ。
今更? という気がしなくもないけど、状況を鑑みれば仕方がないことだ。
予想外に【聖女】が二人も召喚されたり、魔物の脅威が差し迫っていたりで、王宮側もてんやわんやしていたのだろう。
そうして、ずっと後回しにしていた【聖女】のお披露目会だけど、このところは魔物の湧きも落ち着いて来たことから、そろそろ開催しようと言う話になったそうだ。
正直なところ、開かなくてもいいじゃないかと思わなくもない。
以前、国王陛下から謝罪を受けた際に、その場に貴族の人達もいたから、それでお披露目したってことにしてしまってもいいと思うのよ。
けれども、そういう訳にいかないのが、上流階級の辛いところだ。
よく分からないけど、色々とあるらしい。
そもそも、あの場にいない貴族の人もいたらしいので、その人達も招待して行うという話だ。
「開催はシーズンの最後か」
「はい、王家主催の舞踏会と同日に行うことになりました」
文官さんが持ってきた所長宛ての招待状を見ながら、所長が口を開く。
シーズンというのは社交シーズンのことだ。
この期間に多くの貴族は領地から王都に移動し、王都の彼方此方で行われるパーティーに参加して、交流を図るのだそうだ。
これらのパーティーは個人の都合に合わせて、参加しても、しなくてもOKだ。
シーズンの最初と最後に王家主催の舞踏会も行われる。
こちらは招待された場合、万障繰り合わせて、必ず参加しなければいけない。
そのため、この舞踏会に日にちを合わせれば、ほぼ全ての貴族がお披露目会に参加できるだろうという王宮側の配慮らしい。
文官さんの話では、お披露目会は舞踏会がある日のお昼に行われる予定だそうだ。
当主は必ず出席、その他は希望者のみの参加となる。
夜の舞踏会の参加者は例年通り、成人のみとなるのだとか。
普段は夜のみの行事が、今回はお昼にもあるから、皆様準備が大変そうだ。
ただ、皆はりきって準備をするだろうと文官さんは言う。
この数年、魔物騒ぎでシーズン中の社交は自粛傾向にあったらしい。
自領の魔物の対応に追われて、王都に出て来ない人達もいたのだ。
けれども、最近は魔物の湧きも落ち着いていて、久しぶりに明るい雰囲気に包まれている。
控えていた分、今回は派手になるのではないかという話だ。
実際に、王宮で開かれる舞踏会は、数年前に開かれた物よりも豪華になることが決まっているみたいね。
「他人事じゃないぞ。お前は両方に参加が義務付けられてるんだから」
「舞踏会もですか?」
「当たり前だろう」
所長の言葉にげんなりした表情をすれば、溜息を吐かれながら窘められた。
舞踏会に参加しても壁の花でいられるなら、喜んで参加する。
そういう華やかな場で、着飾っている人達を見るだけなら楽しいと思うもの。
でも、お披露目会の後だと、確実に注目を浴びるわよね。
大分慣れた気はするけど、注目を集めるのは苦手だ。
しかし、憂いていても始まらない。
前向きなことを考えよう。
所長にも招待状は届いているし、周りに知らない人しかいない、ということにはならないはず。
もしかしたら、彼も来るだろうか?
「どうした?」
「何でもありません」
「そうか」
以前、団長さんに言われたことを思い出して、顔が火照る。
取り繕おうとして、変な表情をしてしまったのか、所長に気付かれた。
いつもであれば食い下がられそうなところだけど、所長が踏み込んでくることはなかった。
文官さんがいるからかな?
でも、団長さんは覚えているだろうか?
前に、エスコートさせて欲しいって言われたのよね。
今度の舞踏会でエスコートしてくれるかな。
そうであれば、心強い。
「それで? さっきは何を考えていたんだ?」
「え?」
「変な顔をしていただろう」
「あ……」
話し終わった文官さんを研究所の入り口まで見送った、その場で、所長に話し掛けられた。
一瞬何のことか分からなかったんだけど、続けられた所長の言葉から、先程のことを言われているのだと気付いた。
「お披露目会なんですけど……、ちょっと心配で」
「心配?」
「注目を浴びるのかなって」
「それは浴びるだろう」
「ですよね。はぁ」
「嫌なのか?」
「嫌っていうか、苦手なんです。できれば壁の花になっていたいです」
「それは無理だな」
「やっぱり……」
エスコートのことを話すのは恥ずかしかったので、別の話で誤魔化した。
分かってはいたことだけど、改めて壁の花にはなれないと否定されると、気が沈む。
そんな私の様子を見て、所長は苦笑した。
「俺にも招待状が来たことだし、なるべく側にいてやるから安心しろ」
「ありがとうございます」
「多分、アルも来るだろうし。俺よりもいい盾になるんじゃないか?」
団長さんの名前が出たことに、鼓動が跳ねた。
胸の高鳴りを気付かれないように、視線を地面に落とす。
「ホーク様も来るんでしょうか?」
「来るだろう。第三騎士団の団長だしな。呼ばれないってことはないと思うぞ」
「そうですか」
「それどころか、舞踏会なんて嬉々としてエスコートの誘いに来そうだな」
最後の方は笑いを含んだ声だった。
視線を上げれば、ニヤニヤとした所長の表情が目に入る。
ほんのりと熱く感じる頬の熱を誤魔化すように、口を尖らせると、所長は噴き出した。
数日後。
所長の予言(?)通り、団長さんからお誘いがあった。
「お披露目会の後の舞踏会なんだが……」
「はい」
騎士団に卸しているポーションに関する書類を、団長さんの執務室まで届けに行った際に、唐突に呼び止められた。
何だろうかと立ち止まり、団長さんの方を向くと、ほんのりと頬を染めた団長さんが目に入る。
うっ、破壊力が強い……!
釣られて私の顔も熱くなる。
「もし良ければ、エスコートさせてもらえないだろうか?」
「えっと、お願いします……」
ダンスの講義の際にした話。
団長さんも覚えていてくれたんだろうか?
尻すぼみになりながらも了承の意を返すと、団長さんは目を細め、嬉しそうに微笑んだ。
何だろう。
部屋の気温が上がったような気がする。
「迎えは王宮の部屋に行けばいいだろうか?」
「そ、そうですね。その日は一日中、王宮にいることになるらしいので」
お披露目会と舞踏会は、どちらも王宮で開かれる。
マナーの講義がある淑女の日以上に、準備に時間をかけるらしく、私は前日から王宮に泊まり込むことになっていた。
つい昨日会った侍女さん達の張り切りようは、それはもう凄かった。
前日の夜からマッサージをし、当日の朝もいつも以上に念入りに準備をするとのこと。
大舞台だということで、拳を握って力説されたわ。
侍女さん達の剣幕がちょっと怖かったのは内緒だ。
お披露目会と舞踏会では違う衣装を着るらしい。
これも侍女さん達がやる気になっている理由の一つだ。
着替える必要があるため、行事に合間はあれど、何もせずに休むことはできない。
もっとも、準備に動いてくれるのは侍女さん達で、私は座っているだけのことが多い。
だから、文句は言っちゃいけないと思う。
「お披露目会と舞踏会で衣装を変えるらしくて、侍女さん達がすごく張り切っているんですよ」
「そうか」
「それで、前日の夜から王宮に泊まることになって……」
何となく照れ臭くて、視線を斜め下に向けながら、思い付いたことを口にする。
団長さんの姿が視界に入らなくなったからか、少しずつ鼓動も治まってきた。
鼓動は落ち着いてきたけど、視線を外したのがいけなかったのだろうか。
そのとき、団長さんが悪戯を思い付いたような顔をしたのを見逃してしまった。
椅子が引かれる音が聞こえて、顔を上げると団長さんが椅子から立ち上がり、すぐ近くまでやって来た。
どうしたのだろうかと思っていると、髪が一房取られ、団長さんの口元まで運ばれる。
「いつもとは違う姿、楽しみにしている」
「……っ!」
団長さんは含み笑いをしつつ、私の髪に唇を落とした。
そうして、せっかく落ち着いた鼓動は、再び暴れることになってしまったのであった。