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けもの  作者: 弥招 栄
9/9

第四話〜あの時〜後編





 それら、全てから目をそらせて、ヨシトは一日一日を過ごした。

 日曜日、その頃はまだ友達も多かったヒロが、数人で連れ立って遊びにいくのを、カーテンの陰から見送った。

 ふと見上げるヒロの視線に、慌てて隠れながら、明るい笑い声に胸をなでおろす。

 そして火曜日。あれからちょうど一瞬間。気持ちのよい、さわやかな朝だった。

 いつもと同じようにヨシトはバス停に向かい、そしてヒロを見つけた。

「おす。おはよう」

 さりげなく声をかけられたことに満足しながら、ヒロに駆け寄る。――大丈夫だ。今日も昨日と同じ……

「なんだよ。寝ぼけてんのか……」

 ヒロは返事をしない。振り向きもしない。ヨシトに気づいた様子さえない。

 ヨシトは急に不安になった。その理由は分からないまま。

「なあ、なに見てんだよ。何かあるのか?」

 ヒロの視線をたどっても、向かい側のバス停があるだけ。さっき一台バスが行ったばかりだから、今は誰もいない。その手前を、通勤途中の車が行き交う。

「何もねえじゃねえか」

 少し躊躇ためらいながら、ヒロの顔を覗き込み、息を呑む。

 彼女は、何も見ていなかった。少なくとも、ヨシトはそう思った。

「ヒロ……?」

 ふう―― と、柔らかな風が吹いた。

 ヒロの瞳が、なびくように揺れた。

 その中に自分が映った、そうヨシトが感じた瞬間、ヒロが足を踏み出した。

 何気なく、ただ、歩いた。

 車の行き交う国道を、まるで青信号の横断歩道を渡るみたいに。

 音は確かに聞こえていた。タイヤがアスファルトをかきむしる音を、薄いボンネットがへこむ音を、ちゃんと覚えている。

 目だってちゃんと見えていた。宙を飛ぶヒロのスカートが、妙にゆっくりとはためいていたのも、乱れた髪の下から広がっていく血の赤黒い色も、ちゃんと覚えている。

 だけど、すべてがしんとしていた。すべてが真っ白だった。

 時が止まったその一瞬、ただ、俺のせいだという声だけが、ヨシトの耳に聞こえ続けていた。

 見ていただけなのに。そんな言い訳が、頭の中をぐるぐると回る。

 だけど何かが、見ているだけじゃない何かができたはずだ。

 傍観という名の罪があることを、ヨシトははじめて知った。

 その日からずっと、ヒロは恋愛の対象でも、ましてや、性愛の対象などではなくなってしまった。

 償い。

 それだけが、二人をつなぐ絆。

 それだけが、ヒロのそばにいられる理由だった。

 今日までは。


 だったら、ヒロはどうしてヨシトと一緒にいるのだろう。

 そのことを考えたことは、一度もなかった。

 そう。今の、今まで。

 ザンッ。

 山を揺らした生温かい風が、ヨシトの頬をなぶる。

 それがまるでヒロの掌であるかのように感じ、身震いする。

 動悸が激しくなっているのが、自分でもはっきりと分かる。息苦しささえ感じる。けれど、呼吸が荒くなっているのはそのせいだけじゃない。

 人の目が、ぬらりと濡れた奥の瞳が、ヨシトの瞳の、さらに奥の脳髄を捉えて離さない。

 欲望が、ヒロを欲しいという原初の感情が、ヨシトを支配しつつあった。

『けもの』

 ヒロがこだわっていた言葉の意味が、分かった気がした。





ごめんなさい、更新遅れてます(泣)


まずは言い訳(以下略)


では、次回までっ!

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