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けもの  作者: 弥招 栄
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第二話〜国道〜前編

 二人を置き去りにして遠ざかっていくテールランプを少しだけ恨めしげに見送って、ヨシトは小さく息を吐いた。

 彼らの通う高校やバイト先がある市街地と、自宅のある新興団地をつなぐのは、片側一車線の古びた国道。山のほうに高速のインターチェンジがあるせいで、この時間は乗用車よりも荷物を満載したトラックのほうが多い。

 かすれた白線と、途切れ途切れのガードレールで隔てられた、わずかな路側帯だけが人の領域。

 その外側を、自らの同類が吐き出す黒煙を掻き分けながら、トラックたちが爆走する。

「はあ……。さてと、帰るかぁ」

 今度はあからさまにため息をついてみる。これからろくに街灯もないような道を、トラックのヘッドライトだけを頼りに歩かなければならない。その距離を思って、ヨシトは天を仰ぐ。月があれば少しはましだけど……。しかし空は、少し離れた街の光を反射して、鈍色に輝いていた。

「うわ、マジかよ。曇ってんの。なあ、雨降りそうだよ。早く行こうぜ」

 だけどヒロは、その場を動かない。

 国道をはさんだ向かいに建つ、民家の壁をじっと睨みつけている。いや、たぶん、もっと、もっと、向こうを。

「おい、行くぞー……」

 ヨシトの心を不安がよぎった。こんなヒロを見るのは二度目。前に見たときは――

「おい、やめろって!」

――車の行き交う道路を、ただ、前だけを見つめて渡っていった。そして、軽自動車の四輪がアスファルトを引っかく音と、次の瞬間軽々と跳ね飛ぶ人形。

 記憶に背中を突き飛ばされて、ヨシトはヒロに駆け寄った。その急な動きに驚いたのだろう、ちょうど通りかかったトラックが、一瞬ぐらりと揺れ、大きな警笛を捨て台詞に走り去る。

「なに」

 肘を掴んだ手を、とがめるような目つきで見下ろされて、慌ててヨシトは離す。

「何でもねぇ。早く帰ろうって。雨が降る」

 その言葉にようやく、ヒロは身体を家路に向けた。

 ふう、と、ふたたびヨシトの口からため息が洩れる。

 今日は、なんか緊張する。二人きりのときに、こんなに神経を使うのも久しぶりだ。居心地が悪い。ヒロの様子がおかしいせいだ。

 いや、おかしいのはいつものことだが、今は何か、すごく不安定な気がする。

 そのヒロは、身体とは垂直に、顔を空へと向けていた。二、三歩足を進めただけで立ち止まって。今にも泣き出しそうな空。

「降ればいいのに」

 彼女は左足を上げ、そのまま下ろす。

 ゴン。

 アスファルトが、踵を痛めつける音。それが骨を伝って、ヒロの体中を震わせた。

「降ってどうすんだよ。七月だからって、風邪ひくぞ」

 ゴン。

「やめろって。お前、手加減っつうか、足加減しねえんだから、また骨折るぞ。歩いて帰んなきゃいけ――」

 グォァオォォォン……

 震えるガードレールが、ヒロのローファーに新しい傷を刻む。どこかで犬が吠えた。

「ヒロッ! やめるっつってんだろがっ!」

 ヨシトがとうとう声を荒げた。だけどその声は、通り過ぎるトラックにあっけなく掻き消される。そして再び、それらをさらに覆い隠すほどの、低い金属の轟き。

「ヒロッ!!」

「なんであんたは、あたしにやめろってしか言わないの?」

「なっ……」

 いつもと変わらない表情で、ヒロが振り向いた。

 逆上したばかりのヨシトの頭には、その問いは複雑すぎた。

 弱々しくさえ聞こえるその声も、ヨシトの血の行き場を失わさせる。

 それらに掻き回された脳みそが、無数の想いを泡沫のように吐き出した。しかしそれらは、言葉になる前にはじけて消える。

 その結果――

「なにアホ面してんのよ」

「あほ……? お、俺はなあ――」




――俺は、なんだろう。




ただいま、ふたつの企画に並行して参加中です。

ひとつは、この作品が参加している、

春の競作祭「はじめてのxxx。」

もうひとつが、「いばらの冠」で参加している

「春エロス2008」

後者はR15になっていますけど、良かったらご照覧ください。


次回第二話〜国道〜後編は来週火曜日の更新予定です。

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