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プロローグ〜猫のなく声〜
この作品は、春の競作祭「初めてのxxx。」参加作品です。
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それでは、春のお祭を、お楽しみくださいませ。
その日も、猫の鳴き声がかすかに聞こえていた。
親にはぐれた仔猫が呼ぶ、哀しい声。
胸を引っかくその声が、嫌いだ。
助けてやることができない、己の無力さをあらわにされるから。
いや――
ほんのわずかな勇気さえあれば助けてやれるのに、何も出来ない己の臆病さを思い知らされるから。
その日も、猫の泣き声がかすかに聞こえていた。
その声を聞くのは嫌だったけど、扇風機がかき混ぜる生暖かい部屋の空気に耐えられなくて、ベランダに出ていた。
意外と近くから泣き声が聞こえた気がして、つい見回した視線が、泣いている仔猫のそれと合った。
もう少し力があれば。
いや。
もう少し勇気があれば。
――助けてやれたのに。
仔猫が目の前で車にはねられるのを見たのは、それからちょうど一週間後。
それは、それまでの平穏を装った日常が、ついにぶっ壊れた瞬間だった。