プロポーズ
病院から戻ったラルフと両親、そしてエヴァンの4人はリビングにいた。
「ラルフ、勝手なことをしてごめんなさい。お義父さんにエヴァンの本を読ませたのは私なのよ」
母親が静かに口を開いた。そして続けた。
「いつまでもラルフが仮の姿でいることは家族としていけないと思ったの。お義父さんにはショックなことだったでしょうが、彼は凄まじい人生経験を積んだ人だから、理解するまではいかなくても事実として受け止める強さはきっとあると思ったの」
「おじいさまは僕を……」
と言いかけてラルフは言い直した。
「おじいさまはアタシに許して欲しいって言ったわ。おじいさまの期待に応えられなかったアタシこそ謝るべきなのに」
ラルフは涙ぐんでいた。その肩を抱きながらエヴァンは壁にかかった数丁のライフルを見た。ラルフのファーストライフルだった子供用ライフルのその下に、同じ大きさのラッピングされたままの箱が飾られていた。
「気の早い父さんが、『いつくたばってもいいように』ってまだ見ぬひ孫に用意したファーストライフルだよ。しまうのを忘れていたんだな」
エヴァンの視線に気づいた父親が笑いながら言った。その笑顔は心なしかさみしそうだった。
「パパ、ママ。聞いて欲しいの」
ラルフが意を決したように口を開いた。
「今回エヴァンとアトランタへ来たのは、子供を持つためのスクーリングを受けるためだったの」
両親は驚きを隠せなかった。
「アトランタの病院に勤める友人が不妊治療と体外受精の権威なの。アタシたちが子供の親になるという計画のサポートをしてくれるの」
「まあ!」
両手で頬を押さえた母親の顔はみるみる輝いた。
「それでねエヴァン、お願いがあるんだけど。今回はアタシの子供を授かりたいと思うの。いいかしら?」
「もちろんだよ、ラルフ。ああ、なんてステキなんだ。ありがとう、ありがとう」
ラルフとエヴァンは強く抱き合ってそしてキスをした。家族の前でもう無理に息子を演じる必要がなくなった安堵の涙がラルフの頬を濡らした。
両親も一度はあきらめかけた、まだ見ぬ孫をその手に抱くという希望に胸が高鳴った。
「さあ食事にしましょう。お義父さんのことがあって食事をとるのも忘れていたわ。お義父さんが大事に至らなかった感謝と、ラルフが本当のラルフになれたお祝いと、そしてあなたたちのステキな決断をお祝いするささやかなパーティーよ」
ラルフのために用意してあった母の心づくしの手料理はどれも絶品だった。ラルフの料理上手は母親ゆずりなんだな、とエヴァンはあらためて思った。
そして最後に登場したのは、もちろんバケツプディング。
「ママのバケツプディングだわ! 楽しみにしてたの、ねぇエヴァン」
嬉々としたラルフと反対になぜかエヴァンは青ざめていた。
「どうしたの? エヴァン、具合でも悪いの? 飲みすぎた?」
ラルフの問いにも答えず、エヴァンはとうとう頭を抱えてしまった。
「バカだ、僕は」
「ど、どうしたの?」
「キミにプロポーズできなくなった」
「え?」
あの夜、ラルフにプロポーズする予定だったサプライズパーティーで、エヴァンはケーキ店に頼んでバケツプディングに似た大きなプディングを作ってもらった。
そしてその中に貯金をはたいて買った指輪をしのばせておいたのだ。
指輪を見つけて驚くラルフの前にひざまづいてプロポーズするというのがその夜のシナリオでいちばんのクライマックスになるはずだった。
急用で来られなくなったラルフが元カレとハグしている光景を見たエヴァンはヤケになって料理と一緒にプディングも処分してしまった。中に指輪が入ったまま。
その話を打ち明けてうなだれるエヴァンをラルフの太い腕が抱きしめた。
「エヴァン、うれしい! そんな大切な夜のデートをドタキャンしたアタシがバカだったの。ごめんなさい、本当にごめんなさい」
「いや、僕こそバカの王様だ。しばらくは指輪も買えないしプロポーズもできない」
「指輪なんてなくったっていい! 今してちょうだい。パパとママの前でアタシにプロポーズして!」
「え?」
エヴァンは両親の顔を見た。ふたりは穏やかな微笑みをたたえてエヴァンを促した。
意を決しておもむろに立ち上がったエヴァンはラルフの前に中世の騎士のように片膝つくとはっきりとした声で言った。
「ラルフ・アンダーソン」
ラルフの目を見つめてエヴァンは続けた。
「僕と結婚してください」
「もちろんオーケイよ」
立ち上がった騎士は、2メートルの身長の姫にキスをした。
そしてラルフとエヴァンは交互に両親の祝福のキスを受けた。
アンダーソン家では息子としてのラルフは失うが、代わりに真実のラルフとエヴァンという新たな息子を迎えることになる。ここに至るまでにラルフの両親もかつてのエヴァンの実家同様、激しい葛藤を乗り越えたことをふたりは知らなかった。