祖父の告白 2
「同じ部隊にローリーとジャスパーという兵士がいた。二人とも勇敢で冷静で、だが快活な男たちだった」
ラルフは黙って祖父の話に耳を傾けていた。
「ある日、前線で敵の急襲に合いローリーが銃弾に倒れた。生死はわからなかったがローリーを収容しようにも、それはあまりに危険すぎた。敵の数が多すぎた」
「援軍も来ない一夜が開けて、そのままの姿勢でピクリとも動かないローリーの戦死は確実だった。その時、ジャスパーがわしに援護射撃を依頼してきた。ローリーを収容したいと」
「わしは断った。ローリーはもう死んでいる。今さら援護射撃は意味がない。弾と命の無駄だと」
「それでもジャスパーは食い下がってきた。わしの胸ぐらをつかんで殴りかからんばかりの彼の目は血走っていた」
「わしも逆上した。敵に囲まれた前線で死の恐怖でおかしくなっていたのはジャスパーだけではなかった。わしはヤツに向かって『Fag!(オカマ野郎)』と叫んだ」
「わしの胸ぐらを締め上げていたジャスパーがその腕を離した。ヤツの目は悲しみに満ちていた。わしは今でもあの時のジャスパーの目の色を忘れん」
「ローリーとジャスパーが重大な軍規違反を犯していたのをわしは知っていた。わしが上に報告すれば彼らは懲罰部隊送りになる。しかし彼らは勇敢で優秀な兵士だった。戦場を離れれば二人とも愉快で気持ちのいい男たちだった」
『重大な軍規違反』という部分でラルフの背筋に冷たいものが走った。
「ジャスパーは小銃を手に走り出した。『戻れ!』と叫んだわしはあわてて援護したがもう遅かった。ジャスパーはローリーの手前で銃弾に倒れた」
「それでもジャスパーはローリーのもとまで這って行こうとしていた。その時もう一発の銃弾がジャスパーに命中してヤツの体が跳ね上がったのをわしは見た」
「もう終わったと思った。ところがジャスパーはまだ虫のように這ってついにローリーの場所までたどり着いてそして動かなくなった」
「ほどなく援軍が到着して危機を脱したが、ローリーとジャスパーは戦死した。二人の遺体は血と泥にまみれていた。ジャスパーはローリーの腕をつかんで息絶えていた」
ヘンリーは深いため息をついた。
「わしは射撃の名手と言われていた。腕に自信もあった。わしが援護射撃をしてやればジャスパーだけでも救えたかもしれん。今でもそのことが悔やまれる。そしてジャスパーに対して侮辱的な言葉を浴びせた自分の愚かさも悔やまれる」
ラルフは戦場で息絶えたふたりの姿を想像した。辛くて涙が出そうになった。しかしアンダーソン家の男は人前では決して泣いてはいけない。強い男を演じることを幼い頃からラルフは身につけていた。
「ラルフ、常にアンダーソン家の後継としておまえに誰よりも強い男であることを強要してきたわしを許して欲しい」
「……」
「ひ孫ももう望んでおらんよ。わしとは違った生き方があるということをローリーとジャスパーから教えてもらった。当時、わしは軍規違反を上に報告するつもりもなかった」
「おじいさま……」
「あの世でジャスパーとローリーにようやく謝罪できると思ったんだが、死にぞこなったということはこっちでまだやるべきことがあったらしい、それはお前に謝ることだ」
ラルフはアンダーソン家の男の掟を破った。涙があふれていた。
「物書きのエヴァンを今度連れてきなさい。彼のためにわしのライフルを一丁手入れしておいたよ」
「おじいさま、ありがとうございます。エヴァンを愛しています。彼と結婚したいと思っています」
泣きながらラルフはベッドの上の祖父をやさしくハグした。老人の細い腕がラルフのおおきな背中にそっと回された。