祖父の告白 1
病院を出たふたりはせっかくアトランタまで来たのだからラルフの実家に寄るつもりだった。
「ママに電話しましょ」
ラルフは子供を持つ計画が具体化したのと久しぶりの帰省で楽しげだった。
スマホを耳に当てたままラルフは首をかしげた。
「ママの携帯つながらないわ。じゃあパパにかけてみよう」
父親の携帯もつながらなかった。ラルフの顔が曇った。
「どうしたのかしら? エヴァンとおうちに寄るって伝えてあったのに」
「とにかく家に向かおうよ。食いしん坊のキミのために大量の食材の買い出しとか忙しいのかもしれないよ」
エヴァンがわざと軽口をたたいたがラルフの顔は不安に曇ったままだった。
その時、ラルフのスマホに着信があった。
「ママからだわ」
母親と通話するラルフが小さな悲鳴をあげた。
「おじいさまが倒れたの。病院からだった」
ラルフの目にみるみる涙が溢れた。エヴァンはラルフを支えた。
祖父のヘンリーが入院した病院の待合室でラルフの両親と合流した。
「ママ!」
ラルフと母親は抱き合った。
「おじいさまの容態は?」
「父さんは心臓発作で倒れたんだ。救急隊がいち早くAED措置をしてくれたおかげで一命はとりとめた」
父親が答えた。安堵の涙をこぼしたラルフをエヴァンが抱きしめた。
もう両親の前では本当の自分を隠す必要がなくなったラルフだった。
「おじいさまに会える?」
「会ってあげて。ラルフが顔を見せたら薬より効き目があるわ」
母親が笑顔で答えた。
家族とヘンリーの病室に向かうラルフをエヴァンは見送った。
両親にはゲイをカミングアウトした形のラルフだったが、祖父には知らせないことに決めていた。
だけど子供を授かった時こそ、祖父にもすべてを話す時だと覚悟していた。
「おじいさま」
「やあ、ラルフか。わしとしたことがこんな情けない姿をお前に見せるとはな」
ヘンリーは弱々しい笑顔を見せた。
「おじいさまは強いですよ。父さんから聞きました。あの状態からしっかり生還してくるんですから。やっぱり僕の自慢のおじいさまです」
「死にかけたじじいがしぶとく生にしがみついたというところだな」
「まだまだおじいさまは必要とされているってことです。ライフルだって僕はまだおじいさまのレベルに達していないしエヴァンだってまだ教えてもらってませんよ」
「あの物書きのエヴァンは元気かな?」
ついエヴァンの名を出してしまったラルフだった。そのエヴァンがいっしょにアトランタに来たのは体外受精のスクーリングのためだとは口が裂けても言えなかった。
「ちょっとラルフとふたりにしてくれないか」
「父さん、話ならまた明日にでも。今日は無理しないでこれくらいで」
父親がやんわり諭したがヘンリーは聞かなかった。
「わしに明日が訪れる保証を医師でもないおまえがしてくれるのか?」
あきらめて両親は病室を出て行こうとした。出がけに母親の目が『無理させないでね』とラルフに訴えかけた。ラルフは小さくうなずいた。
「ラルフ、わしが従軍していたことは知っているな」
「はい」
「お互い、無駄な殺戮が繰り返された。戦争とはそういうものだが」
ヘンリーの目は遥か遠くを見つめていた。