the boy
-Include-
僕がこのアーニーズという売春宿の広間でマルボロを吸っているとき、受け付けに置いてある小さなラジオからビルエヴァンスの「いつか王子様が」が流れてきたことがまだ幼い子供だった頃の記憶を思い出すきっかけとなった。その優しい音楽はヘロインで縮み弱った僕の脳に記憶の欠片たちを拾い集める作業に没頭させた。窓から漏れる汚い言葉。キッチンからする腐敗臭。鉄板のように冷たい石の床。熊のような体躯をした禿げた白人の微笑。僕のからだからするバターとクリームチーズの匂い…
タバコの灰の行方と目の照準を合わせることも忘れていたからアーニーズのママから、おいあんた!灰で床を汚さないでおくれ、と注意されても上の空で、ママがこっちに小走りで来て僕の手を痛いほど握り、あんた!どうかしたのかい!と心配そうに僕の目を覗きこんでくるまで僕は別の惑星にいて記憶の洪水に夢中になっていた。
ママな黒く美しい瞳に戸惑いの感情を感じ取っているとママが大丈夫?と聞いてきたので、僕は「あぁ、うん。大丈夫だよ。考え事をしていたんだ。灰、今すぐ掃除するね。ごめんねママ」とタバコを灰皿で揉み消し雑巾で床の灰を拭き取った。
「あんた、ヘロも止めときなさいよ。あんた痩せてるんだから…」
「大丈夫だよママ。前から僕に夢中になってるメキシコ人いるでしょ?あいつがさ純でいいやつくれるんだ。だから上手く付き合えば平気だよ」
「見せてみなさい」そうママが言って僕の短くて花のついたスカートを持ち上げると太股の付け根が血で凝固してた。
「エソってわかる?エソ!」
「ママ愛してる」そう言って僕がママの頬にキスをするとママは首を振りながらも少し笑って頭を撫でてくれた。ラジオの音楽はルーリードになっていてヘロにはルーだよなと思いながら僕はママに頭を撫でられることが嬉しくて笑っていた。太陽に包まれ幸せの粒子が僕らを包んでいた。そんな時間は客が僕を指名して終わりになった。初めての顔だったから僕は男だよ。ok?と言うと微笑みながら手の甲にキスをしてきたので僕らは太陽を連れて部屋に入った。ラジオはギャングが警官を二人射殺したニュースに変わっていた。