君の歌声
少し動揺していた僕は、気を紛らわせようと、再び鉛筆を取り、絵を描き始めた。
集中して描いている時に、美しい歌声が耳に届いた。その美しい歌声に聞き惚れてしまい、僕は危うく鉛筆の動きを止める所だった。この美声は間違うことなくマリだ。こんなにも綺麗な歌を歌うとは思いもしなかった。
心が安らいで行くのが分かる。すーっと心に入って行き、胸が温かくなる。とても落ち着く。永久に聴いていたい。
僕は幸福な心のまま、鉛筆を走らせる。描かれて行く湖の姿。今日はデッサンだけでいいと思い、満足出来る絵を書いて行こうかと思う。
歌が終わる。歌が終わったのと同時に、紙には湖の姿が写し出されていた。少しずつ本物に近付いている気がする。今度は油絵の具に塗れて本物同然の背景画を描こう。
満足げに口角を上げ、絵を見詰めた。
マリの愛らしい声音で僕の名前を呼ばれる。
僕はマリを見下ろし、足元にいるマリは目を細めて笑っていた。
「フランさんの絵、下からではなく、目の前で見たいです。抱っこしてくれませんか?」
甘えるような言葉と上目遣いに、僕は微笑み、マリを抱き抱えた。
マリに僕の絵を見せ、マリは感嘆の声を漏らす。
「凄い。フランさんの絵、とてもお上手です。きっと、この黒と白だけの絵に色を付けたら、湖が笑ってくれる気がします」
マリは無邪気に凄いと言い続け、僕の絵を大層褒めた。その言葉が気恥ずかしく、でも、愛らしいマリの姿と声がとても嬉しくて幸福に感じた。
僕はゆっくり口を開き、こう言った。「ありがとう。とても嬉しいよ」、と。
心からそう言える。絵を描くだけだった僕の心に君と言う存在が出来た気がした。心に光が差した感覚になる。君を悪く言えば得体の知れない存在なのに、僕は君の言葉と声、存在がとても心地よく感じている。
これは神様が引き合わせてくれた『運命』かも知れない。それくらい、美しくも愛らしい君の存在に僕は惹かれた。
でも、少しだけこう感じる。君が人間だったら、僕はどんな反応をしてたのだろう、と。
擬人化という方法でも、君の人の姿を想像したいと僕は思った。