思い出は時にあたしを苦しめるか
第四話です!
「ほんとに……お父、さん…?」
「何言ってるんだ? はは~ん、さては昨日の土曜プレミアムの影響だな。ほれ、顔引っ張ってみ? マスクじゃないだろ?」
間違いない…お父さんだ。
大好きな、お父さん。
でも、お父さんは……。
「……違う、ここは…違う!」
「どうしたんだ? いつもの妄想癖が悪化したのか?」
顔も、声も、体温も、ちょっとお調子者な所も、全部一緒。
でもこのお父さんはお父さんじゃない。
だってここは、ニセモノなんだから。
「……お父さんじゃない」
「えっ?」
「あなたはお父さんじゃない。だって、お父さんは……」
そう、思い出せ自分。
あの日のことを。
あの時あたしは何を見た?
一度だって忘れたことないでしょ?
ほら、思い出せ…!
「お父さんは、あの日事故で死んだんだから!」
救急車と野次馬とひっくり返った見覚えのある車。
担架からはみ出した腕には、あたしが数年前に誕生日にあげた安い腕時計。
家族旅行からちょうど一週間後、お父さんはトラックとぶつかって死んだ。
車の中には小さなプレゼントの箱があったって、警察が言ってた。
あて先にはあたしの名前があったって。
中身はブレスレットだったって。
きっとそれは、あたしがずっと欲しかったあのブレスレットだっただろう。
テストでいい順位が取れたって、散々ねだってたからきっとそう。
早く届けたかったんでしょうね、って警察。
今時サスペンスでも聞かないよ。
「大丈夫か?」
もういい、もう聞きたくない。
「疲れたなら休もう、な?」
やめてよ、ニセモノ。
「ほら」
「触らないで!」
勢いよく振り下ろした手は空を切った。
全て消え、目の前にはさっきくぐったばかりの扉。
もう、開く気にはなれない。
“何ガ不満ナノ? 君ハキット喜ブト思ッタノニ”
「いい趣味ね。ふざけるのもいい加減にして」
“君ノ幸セハココニアル”
「ここにあるのは全部ニセモノ。本物じゃない。あたしのことを傷付けるものばっかり」
“ジャア…コレハ?”
一瞬で全ての扉が消えた。
残ったのは文字と、文字と同じ色の矢印。
そして、矢印が指す方向にはぽっかりと開いた大きな穴。
「扉じゃ、ない」
“君ガ欲シイモノガソノ先ニイル”
「もう、これ以上は勘弁よ」
“デモ君ハ行カズニハイラレナイハズ”
自分の本心を見透かされたのがすごくムカつく。
確かにあたしは行かずにはいられないのかもしれない。
好奇心…とは違う何かに背中を押されてる。
これで、最後にしよう。
結局は文字の言う通りにしてしまう自分が情けないけど、でも、他に道もないから。
「……言い訳がましいなんてあたしが1番分かってるっての」
口に出した言葉ですら言い訳。
疲れきってる、あたし。
この穴の向こうには一体何が?
誰が?
もし、あの人だったらどうしよう…。
一歩一歩、ゆっくりだけど確実に進む。
いつの間にかどこもかしこも真っ暗で何も見えない。
戻る道すら分からなくなった。
あたしの記憶にこんな場所はない。
ここは、今までの扉の先とはまったく違う場所。
……怖い。
「誰か、いないの?」
答えは返ってこない。
誰もいない、のかな。
「……戻らなきゃ」
「どこへ?」
「誰!?」
振り向かなきゃ良かったと後悔した。
最悪だ。
よりにもよってこんな…。
嫌な予感は当たりやすいって、こんな時に知りたくない。
苦しい。
痛い。
たまらなくなって泣きそうになる。
思い出したくないことが勝手に溢れて、そのせいでまたつらくなって。
最悪すぎる、どうしてここに……。
「俺のこと、忘れちゃったのか?」
「お父さんの次はあんた…」
忘れたくても忘れられない。
目の前にいるこいつは、そんな奴。
「忘れるわけないでしょ。だって……あんたは」
「恋人、だもんな」
ここは、地獄だ。
あたしは今、地獄にいる。
誤字脱字、変な表現がありましたら指摘お願いします。
アドバイスなどいただけると嬉しいです!
<次回予告>
目の前に現れた一年前に絶交した恋人。
だが、彼はまるで絶交したことを忘れているかのような口ぶりで話す。
動揺を隠しきれないあたし。
未だに消えない未練と理性が、あたしの全てを壊していく。