Act1・クアリアの街
――夢を視ていた。
夢の中の俺は幼く、小さなその身体を物陰に隠して縮み込ませていた。
まわりからは絶え間無く銃声と悲鳴が聞こえてくる。
そこまで状況把握して俺は思い出した。
これは、俺が七歳の時、家族旅行でアメリカに行った際の出来事。
(確か、この日は旅行の最終日で、空港の中の土産屋に居たんだったか)
そして、突然爆発音が鳴ったかと思ったら銃の乱射が始まったんだ。
俺は両親に土産の置かれた棚の下に空いたスペースに押し込まれ、隠れているように言われた。
そこからは外の様子が見えていた。
そう。『銃を持った奴らが店内に居た人間を皆殺し』にしている様が。
勿論、両親は俺の見ている目の前で身体中に穴を空けられて死んだ。
幼い俺はその光景をそれ以上見るのが怖くなって下を向いた。
足元には、誰かの体から流れ出した血が川の様になっていた。
それから何分経っただろうか。
銃声がなくなり、悲鳴が聞こえなくなった。
――もう、自分以外皆死んだのだろうか。
――奴らは何処かに行ったのだろうか。
そう思って顔を上げるのと、棚に掛かっていた布が取り払われたのは同時だった。
「ひっ……」
――殺される。両親の様に。
その思考に身体が固まり、目をつむった。
しかし、何時まで経っても銃声は聞こえず、恐る恐る瞼を開けると、女の子が居た。
「やぁ、少年。驚かせて悪いねぇ、でも私は別に君を殺す気は無いから安心して」
その人はその身長に全く合っていない白衣を羽織っていた。
「奴らは……?」
「奴ら?あぁ、テロリスト達ね。ちょっくら地獄に行ってもらったよ、全員ね」
そう言う女の子は人差し指をクルクル回しながら笑顔をこちらに向ける。
「君、両親は?」
「そこ」
「……あぁ、死んじゃったか。ごめんね、辛いこと聞いて。う~ん、君の名前は?」
「■■■■■。それが僕の名前。あなたは……誰?」
「私?私は……」
「……夢、か」
また随分と懐かしい夢を見たもんだ。
目を覚まし、そう呟いて身体を起こす。
そこは見知った俺の家ではなく、木の匂いに包まれたそれなりの広さを持った部屋だ。
「そういや、フィリスの部屋に泊まったんだっけ……」
少し寝惚けた頭で昨日の事を思い返す。
昨日はフィリスに部屋に泊まるよう勧められて、それを了承した後リンドと雑談(主にフィリス)してから、ギルド二階にある宿――というより寮だな――にあるフィリスの部屋(マンションの一室並に広い)に行って、二つある寝室の使っていない方を借りて二人揃ってすぐに寝た。
シャワー?水浴び?やってる余裕ないくらい眠かったんだよ。
「さて、と」
ベッドから降りて身体を伸ばす。
全身からゴキゴキと音が聞こえるが気にしない。
明らかに骨がヤバい音がしたけど気にしない。
窓の外からは地平線から上る朝日が見える。
俺がこの異世界に来て二日目の朝だ。
「今日も一日、頑張りますか」
「買い物?」
「そう、買い物」
ギルド一階の食堂で朝食を食べていると、フィリスに買い物に行こうと提案された。
ちなみに朝食の内容は、パンとサラダとコーンスープ。
「丁度、私の矢が無いから補充したいし、クレンに街案内もできるから」
「一石二鳥だな」
俺も、こっちでの金稼ぎの方法を探したかった所だし、丁度いい。
「わかった。じゃあフィリス、街案内頼む」
俺が頷くと、フィリスは笑顔になって、
「うん、まかせてよ!」
とそう言った。
そんなわけで、今日はクアリアの街の散策だ。
そうと決まれば後は早く、二人揃ってちゃっちゃと朝食を食べ終えて街に出る準備に移った。
「といっても俺には準備する物なんて何一つ無いんだがな……」
フィリスの部屋に戻ってからそう気づいた。
まぁ、いいや、とりあえずルーンだけ持ってけば。
ズボンのポケットにルーンを刻んだ石を突っ込んで、俺は部屋を出た。
二階から一階に続く階段を降りて、酒場兼食堂に入ると、俺に気付いたのか、奥のカウンターに座っていたリンドが手招きをしてきたので俺はカウンターへと近付いた。
「おはよう、リンドのオッサン。どうかしたのか」
「おぅ、今朝嫌な噂が流れて来たんでな、お前さんも伝えておこうとな」
「嫌な噂?」
俺がそう返すとリンドはしかめっ面をしながら話始めた。
「デケェ魔物がこの街に向かってきてるらしい、って噂だ。どっかの旅商人が言ってたらしいんだがな」
「デケェ魔物って……」
なんだその胡散臭い噂は。魔物に会った事の無い俺が言うことじゃないが。
「魔物の種類はわからんが、形はデカイ狼みたいだったそうだ。信憑性は確かじゃねぇが、警戒するにこしたことはねぇ。お前さんも街を出るときは気を付けな」
「わかった。まぁ、暫くは街を出ないから大丈夫だろ」
「ま、言いたいことはそれだけだ。悪いな、引き止めて」
「いいさ。フィリスは外にいるのか?」
「ああ、外で待ってる。行ってやんな」
リンドの言葉に頷いてから会釈をして、俺は踵を返してギルドを出た。
左右を見渡すと、ギルドの壁に寄りかかっているフィリスを見つけた。
「悪い、待たせたな」
俺がそう呼び掛けるとフィリスはこっちを見た後に首を横に振った。
「ううん、気にしないで。私も今さっき来たばかりだし」
「了解。それじゃ、街案内よろしく頼む、フィリス」
「任せて!それじゃ、出発~」
そして、俺とフィリスは人で賑わい始めた表通りへと足を進ませた。
それから、表通りを北に進んで体内時計で約十分、最初に着いた場所は、剣と楯の描かれた看板がぶら下がった店だった。
「武器屋か」
「うん、見ての通り武器屋。でも防具も取り扱ってるから武具屋っていうほうがいいかな」
「武器屋、ね……最初は矢の補充か?」
「うん。さ、中に入ろう」
そう言ってフィリスが武具屋の扉を開けて中に入るのに続いて店内に入る。
中はかなり広いスペースがあり、種類別に様々な武器や防具がところ狭しと並んでいた。
「じゃあ、私は矢を買って来るけど、クレンはどうする?」
「俺は適当に店の中を見て待ってるよ。用事が終わったら呼んでくれ」
「わかった。じゃあ終わったら呼ぶね」
フィリスは俺の返事に頷くと、「おじさ~ん!」と大声を放ちながら店の奥へと向かっていった。
「さて、と」
俺は武器を置いてあるスペースを見、迷わず槍が置いてある場所に向かう。
こう見えても俺は槍を使った戦闘が得意だ。基本的に殆どの近接武器は扱えるが、その中で一番好みなのが槍だ。
「んー……」
壁にズラリと並んだ槍を一つ一つ眺める。
すると、奥の方に一つだけ、得意な形を持った槍があった。
「お、ハルバードじゃないか」
手にとって見ると、それは槍と斧の特性を持った武器、ハルバードだった。
しかしまたマニアックな物を売ってるな……。
まわりの武器をざっと見たところ、これと似たような扱い憎い、あるいは扱いのにコツがいる武器が結構あった。
フランベルジュとか、この店は品揃えが凄いな……。
だが、まぁ……
「いいセンスだ……!」
金があったら是非ともここにある『ロマン』武器を買い占めたい……!
そう、金があったらの話なんだが。
「……ちゃっちゃと働き口探さねぇと」
物々交換で億万長者目指せるほど世界は甘くない。
後でギルドについてフィリスに聞いてみてみるか。
今のところそれ以外アテが無いしな。
「クレン~」
考えに没頭していると、フィリスの呼び声が聞こえた。
買い物が終わったようだ。
ハルバードを元の場所に戻してフィリスの待つ所に行く。
「買い物終わったのか?」
「うん。矢は後でギルドに送って貰うんだ」
「なるほど」
会話をしながら武具屋を出て、再度表通りを歩く。
太陽の傾きから見て、まだ十時過ぎくらいだ。
「次は何処に?」
「次は……薬屋かな」
ポニーテールをぴょこぴょこ揺らしながらフィリスが告げる。
「薬屋、ね」
「それが終わったらお昼ご飯かな?勿論、私の奢りで」
「面目無い……」
女性に飯奢らせるとか……男としてのプライドがボロボロだ。
「命を助けてもらったお礼なんだから、気にしないで」
「この一宿一飯の恩義、必ず返す」
借りは必ず返す。これは当たり前の事だ。
フィリスは俺の一言に、
「クレンって、律義なんだね」
と言いながら笑顔を向けてきた。
「男なら当然の事だろう?」
「その台詞をギルドの男の人たちに聞かせたいよ……ま、それは置いといて」
「置いといて?」
「薬屋さんに急ぎましょ~」
フィリスはのほほんとした表情で俺を先導する。
「急がなくても薬屋は逃げねぇだろ~」
その姿になんとなく癒されながら俺はその後ろ姿を追いかけた。
買い物兼街案内は、始まったばかりだ。