Act2・国王からの依頼
「…………なあ、フィリス」
「どうしたの?クレン」
俺はげんなりとした表情を直そうともせず、隣にいるフィリスの名を呼ぶ。
まわりには豪奢な衣装に身を包んだ人、人、人。
「俺達は、どうしてこんな所に居るんだろうな……」
「それは、まあ、王様からの依頼を請けたからじゃない」
「ですよね~……はあなんで請けちまったんだろ、俺」
タキシードのポケットに手を突っ込み、ギラギラと輝くシャンデリアを眺めながら、俺は一週間前を思い出す。
「クレン様、フィリス様、少しよろしいでしょうか」
「はい?」
王との謁見を終えたその翌日。
街に買い物に行こうと宿を出たところで聞き覚えのある声にひき止められた。
「貴方は確か…城にいた」
「城の執事長を勤めています。コートス・フェヴリスと申します。突然ひき止めてしまい申し訳ありません」
そういって丁寧に一礼するコートスさんに合わせ俺達も頭を下げた。
人の往来の邪魔になるため、道の隅へと移動してからコートスさんが表情を変えずに口を開いた。
「早速ですが本題に入ります。昨日城に来ていただいたばかりで申し訳ないのですが、お二方にもう一度城に来ていただきたいのです」
「……理由は?」
「王が、頼みたい事があるそうです」
上っ面の内容だけ伝えてコートスさんは口を閉ざした。
詳細を訊きたきゃ城に来いってか……
「クレン、どうする?」
「あー、どのみち行かないなら行かないで問題になりそうだしな」
「お誘いを受けるしかない、かな?」
「……だな。そのお誘い、受けますよ」
相談を終え、了承の意を伝えるとコートスさんは恭しく一礼した。
全く、厄介事にならなきゃいいが……
「よく来てくれた。クレン、それにフィリス」
前回と同様、こっそりと裏口から入った城の、王の執務室でシュレイ・リーゲルハイド・キルバーンがそう言って出迎えてくれた。
「こちらこそ、再びお招き頂き、ありがたく存じます」
コートスさんが退出するドアの音を後ろから聞きながら、俺とフィリスは一礼する。
元の世界でも何回かこういった、国のトップとプライベートで話す事はあったがやっぱり慣れない。
何というか、空気が違うのだ。
「そう畏ることはない。今の私は国王ではなく、一人の人として君たちを招いているのだから」
「…そういうことでしたら」
「わかりました」
「さ、とりあえずは座ってくれ。コートス、茶を」
シュレイ国王に勧められ、見るからに高級そうなソファに二人並んで座ると同時、先程出ていった筈のコートスさんがティーポット等が載ったカートを押して部屋に入ってきた。
「只今お持ち致しました」
「「早っ!?」」
「この程度、執事のたしなみでございます」
俺とフィリスが思わず驚くと、コートスさんがさも当たり前のように笑顔でそういった。
いやはや、本当に何者だ?この執事は。
前以て準備してたとは思うが、この短時間で厨房からここまで来たってのか?
「ハハ、コートスはこう見えてかなり出来る男だからね。頼りになるよ」
「勿体なきお言葉です、陛下。……では失礼致します」
シュレイ国王に対し相変わらずの硬い表情でそう言ってコートスさんは部屋を出ていった。
湯気の立つ紅茶を一口飲み、国王は口を開いた。
「先ずは謝罪を。今日は突然呼び出してしまってすまないな。本来なら昨日言っておくべきだったのだが……」
「いえ、大丈夫ですよ。今日はあまり用事といったものは有りませんでしたし」
「そう言ってもらえると助かるよ。……本題に入ろう」
言葉を切って、国王は一息吐く。
さて、どんな話なんだろうか。
「翌週のクレル(火)の曜日に舞踏会があるのだが、その時に娘達の護衛を頼みたい」
「「…………」」
沈黙。フィリスとアイコンタクト。視線を国王に。
よし、せーのっ!
「「はあぁっ!?」」
「むおっ!?」
俺達の叫びに国王が体を仰け反らせる。
いきなり何言っちゃってんだこの国王は!?
「いやいやいや、シュレイ国王、唐突に何をさらりと重要な案件頼もうとしてるんですか!?」
「そうだ…じゃなかった、そうですよ!普通そう言うのは近衛騎士団とかがやるものじゃないんですか?」
二人揃って反論すると、国王は「まあ落ち着いてくれ」と言って両手を上げた。
その言葉に釈然としないながらもソファに座り直す。
「クレンの言っている事は尤もだ。だが、君も昨日騎士団長と闘って解っているだろう?」
「騎士団の練度の低さ…ですか」
「その通り。元来なら私から注意すべきなのだが、向こうの家柄に問題があってな……。すまない、これは言い訳になってしまうな」
国王は溜め息を吐きながら肩を竦めた。
大方、あの騎士団長が親戚か何かの血筋なのだろう。
「話を戻そう。先の通り、騎士団はその練度の低さから今回の護衛には向いていないのだ。……そこで、アークエネミーを打倒し、実力がかなりのものである君達に依頼したいんだ」
「成る程……」
少し強引なような気がしなくもないが、理由は解った。
さて、どうするか……
「クレン、どうする?私は受けても良いと思うんだけど」
フィリスはやっぱりファルメ達の事が心配なようだ。
まあ、どうせギルドの依頼とか位しかやることもないんだし別に受けてもいいか。
それに、またファルメを襲った奴が来ないとも限らないしな。
「…わかりました。受けましょう、その依頼」
「ありがとう。その言葉を聞けてよかったよ」
俺の返答に国王は安心したように肩の力を抜いた。
その様子を見ながら俺はテーブルの上にある紅茶の入ったカップを手に取り、口を付けた。
「それで報酬なんだが……ファルメを君の妻にするというのはどうだろう」
「「ぶふっ!?」」
国王のあまりにも唐突で突拍子のない科白に俺とフィリスは思わず紅茶を吹き出した。
言うに事欠いて何言ってんだ!!?
「ちょ、シュレイ国王様?幾ら冗談でもそれはないですよ」
「そうか?ファルメは満更でも無さそうだったが」
「えぇ~……」
溢した紅茶を持ってきていた手拭いで拭き取りながら脱力感に苛まれる。
ファルメの奴、なに考えてるんだ……。
「クレン、安心してくれ。この国は一夫多妻でも大丈夫だ」
「いやそういう問題じゃないんですが……」
「うーん、私が本妻なら別に大丈夫だと思うよ?」
「おイィ!?フィリスさん何を仰ってるんですかねぇ!?」
国王の次はフィリスが爆弾発言かよっ!
いかん、話が纏まらなくなってきてる気がする。
「まあ、何にしてもクレンがそれでいいのかどうか何だけれどね?」
「あー…、報酬についてはまた後日に…」
ひどい疲労感に襲われながら国王にそういうと、彼はさも楽しそうに笑っていた。
「ああ、それで構わない。依頼の受諾、感謝するよ」
この野郎、からかってやがった…!
そんなこんなで、俺達はファルメ達、三人の王女の護衛として貴族らのパーティーに参加することとなった。
この世界における一週間について。
一週間の日数は七日。
フィルド(月曜日)
クレル(火曜日)
ユルブ(水曜日)
ザイヌ(木曜日)
マズラ(金曜日)
ワフブ(土曜日)
アムザ(日曜日)
となっています。




