Act1・森を抜けて
俺が異世界にやって来て一夜明け、空が白んできた頃になってフィリスが起きた。
「ふぁ……」
「ん、起きたか。おはよう」
「おはよう……」
フィリスは寝袋から出て身体を伸ばすと、キョロキョロとまわりを見渡す。
「……そっか、私昨日、盗賊達に襲われて」
「その割には随分弛い寝顔だったけどな」
「み、見たの!?」
「何回も涎垂らしてたから拭くのに苦労したよ」
「あ、あぅ……」
まぁ、ある意味役得だったな。
俺はフィリスが目覚めるまでに作り上げたルーンを種類ごとに分けてズボンのポケットに突っ込む。
フィリスを見るとまだ顔を赤くしながらあぅあぅ言っていた。
「フィリス~」
「あぅあぅ……はっ!な、何かな?」
「………とりあえず、顔洗え」
「でも、水が無いよ?」
「あぁ、それについては問題ない。手、出して。水を掬う感じで」
「こう?」
フィリスが両手を出すのを確認して、俺は取り出しておいたルーンをその上に持って行く。
「Lag(水)」
そしてルーンの名を呼んで、魔力を込めると、石から程よい勢いで水が流れ出した。
「わっ、わっ……水が出てきた!」
「水のルーンだからな。ほら、顔洗え」
驚くフィリスにそう言うと、フィリスは顔を洗い始めた。
俺は片手に水のルーンを持ちながらその様子を見る。
「ぷはっ……」
「目、覚めたか?」 「うん、バッチリ」 俺はフィリスの顔を見て、頷いてからルーンの効果を止めて立ち上がる。
「うし、んじゃ片付けてから行きますか。朝飯抜きなのはちとキツいが」
「食べられる木の実なら知ってるからそれを探しながら行く?」
「その意見に大幅賛成だ。このまま何も無しで歩くとか、最悪だしな」
「だね」
そう言いあってから、俺達は片付けをして、森を抜けるために歩きだした。
「……そう言えば」
「ん?何だ」
フィリスを先頭に森の中を歩き始めて、体感時間で早一時間。
唐突に彼女がこちらを振り向いて質問してくる。
「クレンで何処の国の出身なの?こっちの方じゃ見ない服装だけど……」
「あ~……」
遂に来たか、この質問。
さて、どう答えようか……普通に日本って答えるのも手だよな。
ここからかなり離れた国って言えば誤魔化せそうだし。
「日本っていう国だ」
「ニホン?聞いた事の無い名前ね。この大陸の外なのかな?」
「そもそも、俺はここが何処なのかすら判らないんだが?」
「あぁ、そういえば言うのを忘れてた。ここはイーリア大陸の西を領土とする国、『キルバーン公国』だよ」
「だよ、って言われてもな。全く解らん」
「いや、自信をもった表情で言うことじゃないよね」
んな事言われても解らないモノは解らない。
それにしても、さっき気付いた事がある。
「それにしても、大陸の外の人なのにシーリス語上手なんだね。どこかで習った?」
そう、言語による、意志疎通が出来ている事だ。
本当なら昨日か今朝の時点で気付いた筈だが、余りにも自然に会話が出来たため、その疑問が頭からすっぽりと抜けていた。
というか、シーリス語っていうのか、こっちの言語は。日本語にしか聴こえん。
「いや、習ったわけじゃない。気づいたら使えてた」
「ん~、やっぱりあの魔方陣に何かあったのかな……」
「そういや、俺があの場所に出てきた時ってどんな感じだったんだ?」
木の枝を避けながらフィリスに訊ねる。
やっぱり森の中を只のスポーツシューズで歩くのはキツいな。
「え~と……クレンが現れた場所があったでしょ?」
「あぁ」
「そこにクレンが現れる前には大きな石板が在ったの」
「石板?」
そりゃまた何であんな場所に……?
俺の疑念をよそに、フィリスが話しを続ける。
「そう、石板。それには何十もの魔方陣が描かれてて、それが私が魔力を込めてもいないのに勝手に起動して、強く光ったと思ったら……」
「石板の代わりに俺が居た、と」
「うん」
「俺がそこに現れる前、魔方陣から声とか聞こえたか?」
俺の問いにフィリスは直ぐに頷く。
「聞こえたよ。世界位相の同期とか何とか」
「こっちも強制転移する時そんな声がしたな」
無機質な女性っぽい声。アレが聞こえてから俺はこの世界に飛ばされた。
どうしてあのタイミングで起こったのだろうか……。
「まぁ、細かい事を考えるのは後だな」
「そうだね。ん、風の感じが変わった……そろそろ森を抜けるよ」
少し喜色混じりにフィリスが伝えてくる。
フィリス曰く、エルフは森の木々や風の声が聞こえるらしい。
俺にはてんで聞こえないが。
「お、ようやくこの森ともおさらばか」
「太陽の位置から見て、大体半日は歩いてるからね~」
「いい加減、寝たいぜ……」
こっちに来る前の戦争の疲れも相まって瞼がかなり重い。今なら床について三秒で寝られる自信があるぞ……。
襲い来る眠気と闘いながら漸く森を抜けると、そこは見渡す限りの草原だった。
「ん~……!やっと抜けたね~」
俺より一足早く森から出たフィリスが両手を広げて深呼吸をする。
「ホント、やっと出れたな……それで、ここから街までどの位掛かるんだ?」
「夕方位までには着く筈だよ」
「結構近いんだな」
それならまだ希望がある。これでまた野宿だったら寝ずの番をフィリスに頼んでいただろう。
「それじゃ、採った木の実でも食べながら行こうか。はい」
フィリスが空の矢筒から森を歩きながら採った木の実を一つこちらに放ってきたのでそれをキャッチする。
「サンキュ」
受け取って、一口かじる。
お、意外と美味いな。
「さて、じゃあ出発~」
「おいおい、俺を置いてくなよ!」
無事に帰れるのが嬉しいのか、テンション高めにフィリスが駆け出す。
俺は慌ててその背中を追いかけた。
その後特に問題もなく、順調に進んだおかげか、日が暮れる少し前に俺達はフィリスが拠点にしている街の前にたどり着いた。
「ここが私の活動拠点にしてる街、『クアリア』だよ」
「デケェ門だな……」
見れば俺達の前に聳え立つ巨大な門扉が開いていた。
「魔物から中を守る為だから、今は何処の街もこう言った感じだね」
「へぇ」
「さ、急がないと。門を閉じる時間が近いし」
「あいよ」
俺はカバンを肩にかけ直して、街に入る手続きを行うフィリスの後に続いた。