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Act2・宿と殺気

凄惨な光景を目の当たりにしたあと、気持ちを切り替えて、俺達はリンドのオッサンオススメの宿、『月兎の眠り姫』に辿り着いた。


木造二階建てで、小さく掲げられた看板と入口の扉には白い兎が月を背景に跳んでいる姿が描かれている。


「あ、この看板かわいい!」


「なんつーか、オッサンのイメージからかけ離れた宿だな」


俺はてっきり、クアリアの街のギルドみたいな場所を連想してしまったんだが。

予想に反して落ち着いた雰囲気のいい宿だ。


「んじゃ、入るか」


何時までも入口の前に立っていても仕方ないので、俺達は扉を開けて中に入る。

食堂も兼ねているのか、広い空間にはテーブルと椅子が列べられ、その奥に受付であろうカウンターがあった。

そこに立っていたのは、人間では無かった。


「ウサ耳…だと」


「ん?あら、いらっしゃ~い」


俺の声に気付いたのか、こちらに背を向けていたウサ耳さん(仮)がこちらを向いた。

おっとりした声に違わず、表情も柔らかな獣人の女性だった。


「いらっしゃい、『月兎の眠り姫』へ~」


語尾に音符でも付いてそうな口調でそういってウサ耳さん(仮)はニコニコと笑った。

それはもう背後に花が咲いているように錯覚するほどの笑顔だ。


「え、えぇと…オッサンもとい、リンドさんの紹介でいい宿だって聞いて来たんだが」


「あらあら~リンド『くん』の紹介で~?」


「「くん付け!?」」


まさかの呼び名に俺とフィリスは揃って驚く。

おいおい、明らか定年間近のサラリーマンみたいな風貌のオッサンをくん付けで呼んだぞこの人。

俺とフィリスはサッとウサ耳さん(仮)に背を向ける。


「なあ、今あの人オッサンのことくん付けで呼んだよな」


「う、うん。私今までリンドさんがくん付けで呼ばれたの聞いたことないよ」


「つか実際オッサン何歳なんだ?」


「確か、三十六だったかな」


「……つまりあの外見でオッサンと同い年、あるいは歳上だと?」


だとしたらこの世界はある意味オカシイだろ……野郎は老けていくスピードが速く、女性はスローになってんのか?


「因みに私はリンドくんと同い年よ~」


「「いつの間にっ!?」」


突然の声に振り向くと相変わらずのポヤポヤした笑顔を浮かべたウサ耳さん(仮)が立っていた。


「あ、自己紹介が遅れたわね~。私はミュリアンネ、皆からはミュリで呼ばれてるわ~♪見た目通りの兎人(ルムルス)よ~」


「あ、あぁ…俺はクレンだ。こっちはフィリス」


「よ、宜しくです?」


「えぇ、よろしくぅ。二人はお泊まり~?」


お互いの自己紹介が終わるとミュリアンネさん……長いな。ミュリさんがそういってきた。


「ああ、向こうニ、三週間は泊まりたいんだが」


「問題ないわよ~、部屋は一つで良いかしら?」


「いや、二――」


「一部屋で!」


「―つでってうぉい!」


人のセリフに被せていきなり何を言い出すんだ!?

俺が驚いてフィリスを見ると、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「クアリアじゃ同部屋だったんだし、問題ないよね?」


「い、いやでも、だな…」


問題ない処か一晩の過ちを犯してしまっているんだが、フィリスには問題とならないのか?

俺が返答にまごついていると、ミュリさんがニコニコ笑顔で発言した。


「ここは各部屋防音設備が付いてるから音漏れは気にしないでいいわよ~?」


「何の音漏れだ!?何の!」


「ベットの軋みとか~後」


「わかった!もう言わなくていい!!」


ダメだ、完全に話のペースが乱れてる。

あ~、何の話をしていたんだっけか。…そうだ、部屋についてだ。


「あ、そういや、部屋って大体幾ら位かかるんだ」


「ん~、二人で長期だと一泊15リュセになるわね~」


「格安だな」


『リュセ』と言うのはこの世界……大陸における通貨だ。一リュセが百円と考えればいい。一リュセ以下の通貨は『クルス』といい、一クルスは十円という扱いになっている。

で、宿代なんだがこの場合日本円にして千五百円となる。

元の世界では考えられない数字だ。


「長期利用の人には割引してるのよ~。あ、ちゃんと三食頼まれれば作るし、小さいけどお風呂もあるわよ~」


「……至れり尽くせりなんだが、店の維持費はどうなってんだ」


低い宿代で三食付の風呂有りなんて店の維持費が余裕で赤字になるだろ……。


「大丈夫よ~。色々手を打ってあるから~」


「そうですか……」


その『色々』が気になるが、深く聞くべきではないだろう。


「んじゃあ、長期で二部……一部屋頼む」


二部屋と頼もうと思ったら背後に圧倒的な視線が殺到したので即座に一部屋に変更する。

…うん、いのちはたいせつだよね。


「わかったわ~♪じゃあ改めて宜しくね~」



こうして俺達は首都での活動拠点を確保した。










その後は何もなく、恙無く時間は進み夜になった。

体感時間でおおよそ二十二時位だろう。

この世界の人々にとってこの時間帯は既に深夜と同じで、フィリスは既に俺の隣でスヤスヤと眠っている。

そう、隣だ。別のベッドでも何でもなく、俺の真横で寝ている。

ミュリさん、何してくれてんの。まさかのダブルベッドに俺は驚きフィリスはニコニコ笑顔を浮かべたよ。


「はぁ…」


まあ、得と言えば得何だが…精神的に辛いものがあるぜ。

眠気が中々来ないのでこうして天井の木目をみながら色々考えているんだが、そんな事してるから眠気が来ないんだと今更気付く。


「…さっさと寝るか」


何だか馬鹿馬鹿しくなってそう呟いて瞼を閉じようとしたその時、強い殺気を感じた。


「――ッ!?」


何だ?こっちの向けられた殺気(モノ)じゃない…にしては指向性が曖昧だ。それに嫌な予感がする……

ったく、首都だってのにこんな物騒でいいのか?


寝ているフィリスを起こさないようにベッドから降り、さっと準備する。


念のため、部屋の四隅にEolh(保護)のルーンをセットしてから俺は開けた窓から外へ降りた。


「っと」


ちゃんと降りるときに窓は閉めてある。辺りは既に真っ暗闇。

まあ夜間戦闘に慣れた俺には余裕で全て見えるのだが。


「さて、行きますか」


そう呟いて俺は暗闇へと駆け出した。





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