Act2・王都と血の臭い
クアリアの街を出て約半月、俺達はキルバーン公国首都、マルギアに到着した。道中、旅商人の馬車に厚意で乗せてもらったおかげで予定より早めに着いた。
「それじゃ、ありがとうございました」
「いえいえ、お気になさらず。ではお元気で」
ニコニコ笑顔で人混みに入っていく商人を見送ってから俺達は歩き出す。
首都というだけあって活気に満ちている。
まあつまり、人がかなり多い。クアリアの街の中央広場とは段違いだ。
「人が多い、多すぎる…」
「まあ、首都だしね」
「……ルーンで消し飛ばしていいか?」
「いや、ダメでしょ!?ていうか物騒だよ!?」
やっぱダメか。何かもういろいろ辛いんだが。
さっきからスリまがいの事をやって来る奴が多くてイライラも増してきてる。
もちろん悉く防いでいるが。
「早めに宿を見つけるか」
「リンドさんが確かいい宿があるって言ってたね。確か、『月兎の眠り姫』だったかな」
「なんともまぁ、小洒落た名前だな。で、どこにあるんだ?」
俺がフィリスに訪ねると、フィリスは腰に提げたポーチから取り出した案内図を俺に見せて宿がある場所を指差した。
「ここから歩いて十分位かな。東地区の真ん中だし」
「んじゃ、とっとと行くか。荷物置いてゆっくりしたい」
「そうだね」
お互いの意見が一致した所で俺達は目的地へと進路を変更する。
王都マルギアは国王の住まう城を中心に蜘蛛の巣状に道が広がっている。
さらに城のある中央に向かって細かく区画分けがされ、区画事に検閲があり、さらにクアリアの街の半分くらいの高さの壁(魔法による障壁付)があるので上流階級の住んでいる区画に忍び込むのは容易ではない。
まあ、つまり何が言いたいかというとだ。
王都スゲェ。
そんな事を考えながら歩いていると、人の流れが停留している場所があるのに気が付く。
裏路地の入口付近に人が固まっている。
「あれ、何だろうね?」
「……嫌な予感しかしないな」
フィリスの言葉に俺はそう返す。
なんというか、臭うのだ。戦場では日常的に嗅ぐ臭いが。
路地裏に近づくほどに強くなる臭いに流石のフィリスも気が付き、不安げな表情を浮かべる。
「クレン、この臭いって…」
「恐らく…いや、確実にフィリスの予想通りのモノだろうな」
そう返事をして、俺は人々の隙間から路地裏にある『モノ』を見る。
それは、有り体に言えば人の死体だった。
細かく表現するならバラバラ死体。四肢から内臓、果ては眼球、脳髄。それらが全て路地裏の壁やら石畳の上に散乱している。
フィリスも同様に覗き見ようとしたので、手でその視界を遮る。
「クレン?」
「見るのは止めとけ。……トラウマになる」
そう、これは普通の感性を持つヒトにとっては毒にしかならない。現に死体を見た数人が嘔吐している。
正直、死体に見慣れている俺ですら、言い様のない嫌悪感を覚える程の凄惨さだ。
「フィリス、行こう」
「う、うん…」
戸惑うフィリスの手を掴み、その場を離れる。
そこに騒ぎを聞き付けたのか、揃って同じ服を着た、衛兵らしき数人の男たちとすれ違う。
「後はあの連中に任せて、さっさと宿で休もう」
首都に入って初っぱなからあんなモノを見るはめになるとは思ってなかったな…
そんな事を思いながら歩いていると、不意に濃密な血の臭いを感じた。
先程の死体があった場所からじゃなく、間近に、すれ違った人からだ。
「っ!?」
思わず振り替えると、俺の突然の行動に驚いた表情を浮かべるフィリスのその向こう、最早襤褸布と言っていいような、くすんだ色合いのマントを被った人が死体がある裏路地へと近付いて行くのが見えた。
「クレン、どうしたの?何があった?」
「……いや、何でもない。気のせいだ」
フィリスの心配そうな顔を見て、俺は頭を振って答え、そのまま宿へと歩き出す。
――人混みの喧騒が、どこか言い様の知れない不安を押し隠しているようにに感じられた。
翌日、その予感は的中することになる。