Act1・小話噺
その一・依頼
「…ねぇ、クレン。一つ言いたい事があるんだけど、いいかな?」
クアリアの街から東、徒歩で一日程の距離にある森の中で私は苦笑いを浮かべながらクレンにそう訊いた。
「うん?」
「ここには、何があったかな?」
私は眼前にある、さながら死地とも呼べる程に荒廃した更地を指差す。
クレンはそれを観て淡々と答えた。
「コボルトの巣」
そう、数秒前までここにはゴブリンに近い種のコボルトと呼ばれる魔物の巣があった。
今回、ギルドの依頼でこれを討伐することになったんだけど……
「到着して数秒で依頼達成って…」
起こった事を箇条書きするとこんな感じ。
・私が巣を見つける。
・クレンがルーンを三つほど巣の近くに投げる。
・更地が出来上がる。←今ここ。
「ルーンは何を投げたの?」
「Sigil(太陽)とIs(氷)、それとHagel(嵐)だな」
「明らかにやり過ぎだよねそれ!?」
ここ最近、クレンからルーン文字を教わっていたから、その言葉の意味する事を理解して思わず叫ぶ。
コボルトの巣があった所を見ると、土が赤く発光してガラス質になっていたり、所々に私の腕位の太さの氷柱が幾つも立っていたり、何かに抉られたように地面が捲れあがってしまっていた。
「いや…まぁ、あれだ。何事も早いに越したことは無いだろ?」
「そうだけど…」
クレンの言う通りなんだけど、お蔭でここ最近私の出番が無い。
ただ効率を考えるとクレンの言うことが正しいので私は釈然としないまま頬を膨らませた。
「つか、下手に戦闘してフィリスに怪我あったら大変だしな。それが心配なんだよ」
「…むぅ」
そう言われて、私は嬉しくて何も言えなくなってしまった。
それから数日後、私の出番が漸く出来たんだけどそれはまた別の話。
その2・説得…?
街の復興作業が始まってかれこれ一ヶ月。
漸く落ち着きを見せ始めた頃、ギルド内は街の平穏さとは真逆に、騒然としていた。
…まぁ、モノローグ風に語ってみたが、原因は至って簡単。フィリスが俺の旅に着いていくとリンドのオッサンに言ったからだ。
フィリスを溺愛している連中にとっては正に青天の霹靂。
ギルド内は一瞬で喧騒に包まれた。
皆口々に言う言葉は一つ。
『断固反対!』
の四文字だ。まあ、酒乱な三人等、ごく小数の方々は賛同してくれているようだ。
反対派のトップはもちろんリンドのオッサンだ。
「フィリス、俺としてはお前には街に居て貰いたいんだが」
「そう言われても、私はクレンと行きたい。一緒に旅に出たいの」
「むぅ…」
「それに、クレンには色々と責任をとって貰わないと」
ね?とか言って悪戯っぽく笑いながらフィリスが俺に話を振ってくる。
「あ、ああ…そうだな」
以前それを了承した俺はそれに頷く他なく、そう返事を返した。
その瞬間、ギルド内は喧騒から阿鼻叫喚の図へとシフトした。
「せ、責任…だと?」
「これは夢だ!フィリスちゃんがクレンなんざに責任とってとか言うはずが…!」
「畜生、夢なら醒めてくれ……こんな悪夢はみたくねぇぇ!!」
等々、ギルドメンバーの男達が地団駄を踏んだり頭を抱えたり、謎のダンスを踊り始めたりした。リンドのオッサンに至っては真っ白になっている。
って、良く見たら所々に俺の事闇討ちしようとしてる奴が居る!?
「「「……」」」
いや、冗談抜きで殺気篭ってるから、殺る気満々ですかコンチクショー!
と、俺が内心ブツクサ言いつつどう迎撃しようか考えていると不意にフィリスから発せられる気配が変わった。
「今……クレンの事、闇討ちしようとしてる人」
静かな、だが確かに響く声量でそう呟くフィリスにギルド内は静まりかえる。
「もし…実行に移したら」
あ、ヤバイ。なんか滅茶苦茶恐い。
「…『切り落とす』、よ?」
俺はこの時、確かにフィリスの背後に魔王を見た。と同時に背筋が凍り付いた。
この宣言以降話は脱線する事なく進みギルドメンバー全員がある種の恐慌状態の中でフィリスが旅に出る事が決定した。
そしてその日の内にギルド内で新たな制約が出来た。
『フィリスを怒らせるべからず』




