Act1・外壁修復と夕暮れ
ガタイの良いむさ…爽やかなオッサンと別れた俺はその足で街の中央広場へと来ていた。
「昨日あんだけドンチャン騒ぎしたってのに、盛況してんな……」
広場の中は相変わらず人で込み合っている。
先日のアークエネミー襲撃など無かったかのような混み様だ。
ポジティブ過ぎやしないだろうか、この街の住人は。
「ま、いっか。さっさとやるか」
人混みがあまり好きではない俺としてはちゃちゃっと終わらせたい。
広場の真ん中にある噴水へと近付き、水の中へと手を入れる。
近くを通りかかった人々から疑問の目線を感じるが無視して、水へと魔力を送る。
正確には水ではなく、水源だ。
街の近くにはそれなりに大きい川があるから多分そこが水源だろう。
「接続――」
何故先程オッサン達に中央広場のほうがやり易いと言ったのか。
これは予想なんだが、恐らく街の外壁に付与されている魔力結界に使われている魔力の源はこの噴水、ひいては水源たる川から供給されている。川や海は兼ねてから魔力が流れる場と思われている。実際、竜脈竜穴等の所謂パワースポットと言われる場所に魔力を注いでいる大元は川や地下水脈が多い。となると、そういった大元から魔力を借りつつ改修したほうが楽だ。わざわざ街の外に出て魔力回路の修理をするなんて面倒――手間がかかる。
「ん、接続完了」
魔力の流れに自分の魔力が馴染んだのを確認して、次の行程に移る。
「回路展開。破損箇所はっと……」
目を瞑り、瞼の裏に映像が映るようなイメージを行うと、複雑な電子回路のような薄い青色をした図面が浮かび上がる。
その中で数ヶ所真っ赤に明滅を繰り返す箇所が幾つかあった。
これが非正常、問題のある場所だ。
(えぇと……あちゃあ、南側魔力供給バイパス破損してら。それに回路の老朽化が酷いな…この際だし、回路丸ごと直すか)
面倒ではあるが、これからの街の事を考えるとそれがベストだ。
そう思い、俺は意識を更に集中させた。
「よし、修復完了っと」
あれから時間はあっという間に経ち、すでに夕暮れだ。
途中、昼飯を食べたり小休憩を挟んで少し時間がかかってしまったが、何とか一日で終わった。
外壁の魔力回路を直すついでに、外壁表面に強化魔術をつけ、更にこの噴水の水源から魔力を借りてこの噴水に町全体を囲むように効果付けしたEolh(保護)のルーンを刻んだ。
……今更だが、強化し過ぎた気がする。
何この要塞ばりの防御力。自分でやっといてアレだが、それこそ『龍』クラスの攻撃がない限り落ちないんじゃないか、この街。
つーか水脈凄すぎるだろ。まさかルーン一文字で核シェルター十個分位の防御力を誇るとか…。
「……気にしない事にしよう」
これ以上うだうだ言っても仕方ない。
水につけ過ぎてふやけた手を振りながら立ち上がる。
「後は現場に行って確認か」
最後に実際に自分の目で魔術がしっかり発動しているか確認する為、南側外壁へと俺は歩きだした。
「外部装甲にも問題無し……よし、全部大丈夫そうだな」
外壁の上を歩いて一頻り確認作業をして、俺はそう呟いた。
地平線を見ると、赫々と輝く太陽が沈んでいく様子が見れた。
「………………」
その光景に思わず言葉を失う。
地平線に沈む太陽を最後に見たのは一体何時だっただろうか。
思えば、こうしてゆっくりと風景を眺めるのもひどく久しぶりな気もする。
「綺麗だな」
純粋に、そう思えた。
もと居た世界では過去から続く無理矢理な文明発展のせいで、空は淀み、太陽の光なんてモノは僅かしか恵まれなかった。
国家は戦争を繰り返し。一般市民と、軍人ばかりが犠牲になって。
そんなある意味腐りきった世界に生きていた俺にとって、今見ているこの黄昏はあまりにも美しく、如何なる宝石よりも勝る宝石のように思えた。
「クレン」
そんな風に浸っていると、不意に後ろから声が聞こえた。
振り向くと風に髪を押さえながらフィリスが立っていた。
「フィリス…どうやってここに?」
「壁の建設時に使ってた階段があってね」
「そうか…」
魔力強化して一足跳びで登った俺の魔力は無駄に終わったのか……少しショックだ。
そんな俺の心情等露知らず、フィリスは俺の隣に歩み寄って夕日を眺める。
「……」
「……あのさ、フィリス」
「ん、何?」
何となく、昨日の事を話すなら今しかないと思い口を開く。
「昨日はその…悪かった。何て言うかその場の勢いでやっちゃったみたいで」
俺がそういうと、フィリスは首を横に振って苦笑いを浮かべた。
「ううん。私も何か勢い付いちゃってて……謝るなら私の方だよ。それにクレン、私がその……」
「?」
フィリスが急に口ごもったので疑問に思い、首を傾げると、フィリスは少しモジモジとしたあとこう言った。
「『初めて』じゃ嫌でしょ?」
「んな訳……あるかあぁぁぁっ!!!!」
その言葉に即答、尚且つ魂から叫んだ俺を誰が責められようか。
俺の叫びにフィリスは驚いた表情を浮かべたまま固まっている。
「急に何を言い出すかと思えば自分じゃ嫌でしょ?とか、回答はただ一つに決まってんだろ、嫌な訳ないだろ寧ろハッピーだ、最高だ俺は幸運だぜヤッホー!と叫んでも良いくらいだ、勢いに任せてやらかしてしまった昨日の俺を殴り殺してやりたいと思う程にな!」
「え、あぅあぅ……」
何か思わずマシンガンのように言い切ってしまった……というかフィリスも異な事を言う。
産まれてこの方十九年、『卒業』する相手なんか居ないさと諦めていた位なのに、フィリスのような美少女によって卒業できるなど……至高の極みではないだろうか。
………………………………って
「俺は何を口走っていたんだ……!」
ヤバイ死にたい…色んな意味で死にたい!
何かフィリス俯いちゃってるし、顔真っ赤だし!怒らせちまったか?!
「あ、あ~…フィリス?怒ってるのか」
「…ううん、怒ってないよ。大丈夫。だけど、一つだけ言わせてもらっていい?」
「あ、ああ」
俺の返事にフィリスは一つ頷くとビシッと人差し指で俺を指差し、
「責任、とってね?」
そういって彼女は悪戯が成功した子供の様に笑った。
「ッ――!!」
顔が熱くなる。心臓はフルマラソンをしたかのようにバクバクと激しく動く。
「あぁ、分かった……その、これからも宜しく」
「うんっ、宜しく!」
なんつーか、俺。
フィリスに惚れたみたいだ。




