Act1・魔剣と魔哮
「――ッ、オォラァ!!」
魔物の腹にめり込んだミョルニルを振り切り、吹き飛ばす。
「■■■■■!?」
地面をガリガリと削りながら数十メートル程の所で魔物が受け身を取る。
先程までの狂気は多少鳴りを潜め、警戒したような目付きでこちらを見てくる。
「ったく……大型の敵限定で『一撃必殺』効果持ちの一発喰らってこれか」
叩き込んだ時に骨と肉を潰した感覚は確かにあったが、それがどれ程のダメージであるかは解らない。
「でも、ま」
確かに一撃は与えられた。直撃させた。
つまりはその気になればこの魔物は殺せる。
だが……
「防衛戦ってのを考えると、あんま大火力は使えないんだよな……」
場所を変えられれば良いんだが…
ミョルニルを元に戻して、魔物の動きを警戒しつつ思案する。
「やるだけやってみるか……」
一、二キロ街から離れられれば良いんだ。
一撃離脱の容量でやれるか?
「そんじゃあ、やりますか……!」
足を力強く踏み出し、魔物へと疾駆する。
身体強化と加速の効果を持った今の体に、彼我の距離などあって無いものだ。
「■■■――」
俺の動きに反応して、魔物が右へと跳ねる。
「見えすいてんだよ、クソ犬がっ!」
魔物が空中に浮かんだ瞬間にRad(車輪)のルーンを再度使用する。
向かう場所は、魔物の進行方向の先、着地地点。
人体的に無理な機動を行なって、一瞬でそこに到達する。
まだ魔物は空中に浮いたままだ。
「幾ら速い陸上生物でも、空中に居たんじゃその速さも意味ないよな」
左手首に付けたブレスレットに手を翳し、未だ低空を跳ぶ魔物を見上げる。
「兵装、解放――」
ブレスレットが輝き、その刹那の後に右手に収まったのは紫の刃に血管の様に脈打つ筋が幾つも走っている大剣。
「万血望みし魔天の遺産」
一度抜き放てば血を求めて荒れ狂う魔剣が日の光を浴びて妖しく耀く。
「喜べ魔剣。今回の獲物は血の量が多そうだ」
ダーインスレイヴを下に構え駆け出す。
魔物の真下へと滑り込み、魔剣を一気に振り上げる。
キイィィィ――――!
歓喜の悲鳴を響かせて魔剣が豪速で跳ね上がる。
「■■■■!?」
「派手に……」
刃が魔物の身体にめり込み、皮膚を裂く。
慣性の働きでダーインスレイブが加速する。
それに追従するように身体を捻り、魔物を両断せんとする勢いで魔剣を振り切る。
「吹っ飛べえぇぇッ!!」
豪剣一閃。夥しい量の血を出しながら魔物が吹き飛ぶ。
鮮血はそこらに生い茂る草花や大地へと降りかかり、その色を変える。
「追撃、行くぞ」
久々に新鮮な血を吸って悦びに脈動するダーインスレイブを肩に担ぎ、魔物の後を追って飛び出す。
飛ばした距離は目測で大体七百メートル。
街から離すには丁度いい距離だ。
此方を向きながら体勢を整えた魔物が土煙を上げながら停止しようと四つの脚を踏ん張っている。
「爆撃開始だっ!!Cen(炎)!」
そこに向けて合計五発の爆炎を発射する。
灼熱の炎弾はそれぞれ別々の軌道を描きながら魔物へと向かう。
それに追随するように俺も魔物に向かって駆け出す。
その間に全ての炎弾が魔物に直撃し、土煙を上げる。
「■■■■■――」
追撃のチャンス、ここで一気に攻めれば戦闘は終わらせられるだろう。
「――ッ!」
だが俺は魔物へと向かっていた軌道を無理矢理にそらし、横へ跳んだ。
何故突撃しなかったのかと問われたら、勘としか言いようがない。
思考ではなく本能が、今魔物に近付いてはならないと叫んだからだ。
そして大概、こう言った勘は良く当たる。
「■■■■■■■■■■■■■――――ッ!」
俺が横に跳んだ一瞬後、魔物の咆哮と共に狂暴なまでの『何か』が俺が寸前まで居た場所を抉り飛ばした。
「くっ、Eolh(保護)!」
俺はその余波によって猛スピードで飛来する石や土の塊を咄嗟にルーンの効果で自身のまわりを包んで防ぐ。
Eolhのルーン。効果は対象となったモノの保護、或いは守護。人や建築物を護る際は今みたいにまわりを薄い緑の膜で包んで対象を護る。
「チッ、どんだけ芸達者なんだコイツは…」
石礫を防ぎながらも警戒を怠らずに魔物を見る。
先の一撃で煙は晴れ、此方を睨み付ける魔物がその巨体を奮わせていた。
「おいおい…」
その身体を見て俺は溜め息を吐く。幸せが逃げるって?今この状況が不幸なんだから関係無いだろ。
何せダーインスレイブで確かに切り裂いた筈の腹が丸ごと治っているのだから。
「マジでこりゃ、ヤバイかな…」
余波が収まったのを確認してルーンの効果を解く。
まだ手は有るには有るが……
「せめて、もう一人居ればな……」
愚痴りながらもダーインスレイブを構えたその時、
「■■■■―!?」
一本の淡く輝いた矢が魔物の前足を『貫いた』。
「……は?」
「無事…みたいだね、クレン」
突然の出来事に、殺し合いの最中だというのに驚いた俺に、声が届く。
その声は、俺がこの世界に来て以来大半の時間を一緒に過ごした人の、聞き間違えようのない声。
「…フィリス」
「先に謝っておくね、ゴメン。手伝いに来ちゃった」
振り向くとそこには何時も通りの笑顔を浮かべるフィリスが立っていた……。