Act1・狂狼、襲撃
……………………
突然鳴り響いた破壊音と咆哮に、ギルド内が一瞬静まり返る。
「あ……」
誰かが声をあげる。それを皮切りにギルドに先程までとは別の雰囲気をもった喧騒が戻る。
「リンドさん」
「…ヤバそうな空気だな」
数年戦場に居たから判る。常人では有り得ない量の殺意を感じる。それも指向性など無く、無差別に撒き散らしている。
まわりの喧騒を無視して、俺は目を瞑る。
おっさんとフィリスの怪訝そうな声が聴こえるが、今はそれどころじゃ無いのでスルー。
(……………………)
脳内に街の地図が組上げる。
俺が今からやるのは所謂、魔力探知というものだ。世界に存在する生命体には必ず、最低限魔力が宿っている。
それこそ、道端に生えている草木にまで。
それらを探し出すのが魔力探知だ。
組み立てられていく地図の中、赤い点が現れていく。
赤い点は魔力を持っている存在を示す。点の大きさはそのままそれが持つ魔力量を表している。
小さな赤い点が集まりながら中央広場へと向かっている。
これは多分街の住民だろう。方角からして、街の南側から来ている。
(となると、南門の方か…?)
探知範囲を広げて南門のあたりを探ると――
(…デカイな)
丁度、南門付近の壁の辺りに赤い点を見つけた。それもかなりの大きさだ。
通常の魔物では有り得ない程の量の魔力を有している。分かりやすく言えばガルーダの五倍。
「おっさん、南門の方にデカイのがいる」
「デカイの?」
「ああ。今南門近くの壁にぶち当たってる。壁はどの位の強度がある?」
「大型魔法、三発まで耐えられるよ」
俺はそれを聞いて内心舌打ちをする。脳内にはいまだ地図が映し出されていて、巨大な赤い点が街の壁に向かって衝突している。
壁に張り巡らされた障壁の魔力を見て、後どれくらい耐えられるかを導き出す。
「持って後、二三回が限界か」
「え?」
「何!?」
二人が俺の呟きに反応するが今は返事をする間も惜しい。何せ、俺の目測が正しければ今壁に特攻かましているのはさっきまで話していたアークエネミーの可能性が高い。そしてもしアークエネミーの強さが話にあった通りだった場合、間違いなくこの街は『終わる』。
ここを気に入っている俺としては、そんな事にはなって欲しくないし、させるつもりも無い。
だから。
「今からデカブツの所に行ってくる」
「「はぁ!?」」
椅子から立ち上がって俺がそう言うと二人そろって驚いた顔をする。
「時間無いから文句は後で聞く。おっさんは避難指示とか色々あるだろ。それじゃ」
俺は言いたい事を言って二人の制止する声を振り切ってギルドの二階へとかけ上がる。
自分の寝室へと戻り、鞄から『兵器』を宿したアクセサリ数個を取り出して素早く身につける。
イヤリングにブレスレット、それにズボンにチェーン。
ポケットの中にあるルーンの弾数を確認してから、部屋の窓を開け放つ。
外からは悲鳴と怒号が響き渡っていて、下を見れば南側から逃げてきた人たちが押し合いへし合いをしながら街の中心へと向かっている。
「……よし」
その様子を一目見てから、俺は窓の縁に手を掛ける。
「さてと、元凶を確かめに行きますか」
そして、握力と腕力をうまく使って身体を回転させてギルドの屋根に『飛びうつる』。
足に魔力を送り、擬似的な身体強化を施す。
「街は潰させねぇ……!」
俺は強化した足を動かし、屋根を伝いながら南門へと走り出した。
門の方から上がる土煙を視界に収めながら。
「…………」
クレンが二階へと駆け上がってから暫く、私は事態の急展開に頭がついていけていなかった。
リンドさんは他のギルドメンバー数人を連れて避難指示を出しに行っちゃったし、私はどうすればいいか解らなくて椅子に座ったままだった。
「…………えぇと」
そういえば、リンドさんが出掛けに何か言っていたような……。
『――フィリス、もしかしたらアークエネミーが来たのかも知れねえ。俺は避難指示出すだけだしたら南門に向かう。お前は街の人と一緒に北門から外に抜けろ。いいな』
…………アーク、エネミー。
クレンが向かったのは南門。
「……マズイ」
どうしよう、アークエネミーの強さが話に聞いた通りだったらクレンが危ない……!
幾らガルーダの群れを一掃出来る力があっても無理がある。
「……っ」
クレンへの心配と不安で居ても立ってもいられなくなる。
出会ってからまだ一週間と少ししか経ってないけど、それでもクレンと言う人間は私の中に根付いてしまってる。
それが死地に向かっているのを見過ごす程、私は『ヒト』を止めてない。
「急がなきゃ……!」
「あ、おいフィリス!?」
私の様子に気付いたナジさん(ギルドメンバー。三十二歳、独身)が声をかけてくるけど無視する。
椅子から立ち上がって二階へと駆け上る。
自室に入って相棒のコンポジットボウと矢筒、革の胸当てを装備する。
下階に降りるのも面倒になって、部屋の窓を開く。
聞こえてくる破壊の音と悲鳴。
今から南門に向かったとして、自分に何が出来るかわからない。
でも。
「何もしないで逃げるよりはマシ!」
自分に言い聞かせるようにそう叫んで、窓から身体を投げ出した。
受け身を取って着地。まわりに居た人々が何事かとこっちを見てくるけど、今は構っている暇がない。
服についた汚れも落とさず立ち上がり、南門へと駆け出す。
人の流れに逆らって。
遠くから響く咆哮を聞きながら。