Act1・プロローグ・クレン編
『世界は、科学と魔術で壊れていく。』
そう、どこかの魔術師が言っていたのはいつだっただろうか。
だが、まぁ。
「……壊れていってるのは、確かだな」
廃都市と化した街を、鉄骨とコンクリートの塊になったビルから眺める。
空は曇天に覆われ、間もなく雨が降る様子を見せる。
そんな雲に太陽の光を遮られた、街の所々から雄叫びやら歓声に似た声が上がっている。
「…………」
その音に耳を傾けながら、先程まで自分達がやっていた事を思い返す。
一言で言えば、『戦争』だ。
ここは南米にある国の首都。
まぁ、ほんの数分前までの話だが。
その国と隣にある国との戦争に俺は傭兵として参加した。
魔術師の存在が公――、表の世界に認められてから初めての魔術師込みの今回の戦争は世界中から注目されていた。
そして、俺はその魔術師だ。
名前はクレン。
勿論、偽名だ。本物の魔術師が本名を名乗ることはよっぽどな事がない限り基本的に無い。
格好は黒いフード付きの長袖パーカーに黒いシャツ。ズボンはポケットが多く、これもまた黒い。
言わずもがなシューズも黒い。
隠密性を増すためとはいえ、端から見れば不審者だ。
使用する魔術は『ルーン魔術』。
占いとかで良く使われる、古い文字だ。
魔術というのは言わば科学では到底起こすことのできない、人が使う奇跡の一種だ。
何もない所から火を出したり、鎌鼬を起こしたりと、科学的に行うと莫大な予算が必要な物を人の身一つで成し遂げる事の総称でもある。
「ふぅ」
そんな今時、教科書にも書いてあるような事を思い出しながら相も変わらず街並みを眺める。
(報酬も貰った事だし、そろそろ帰るか。)
傍らに置いてあるジェラルミンケースを取って立ち上がる。
そして、ここから立ち去るべく一歩を踏み出した時、唐突にポケットに入れたままの携帯が振動する。
取り出して画面を見ると電話帳に登録していない番号が表示されていた。
「………」
何故だろう。物凄く出たくない。
だがこのまま出ないのも何か悪い気がするので、通話ボタンを押す。
「もしm――」
『おぉ、やっと出た!やっぱり知らない番号でかけると君でも出るのを躊躇――』
ブツッ。
躊躇無く通話を終了してやった。
今の声は紛れもなく師匠の声だ。
相変わらず面倒な、それでいてウザく感じるイタズラを仕掛けてくる。
冷めた目で携帯の画面見ていると、再び着信が。
今度は電話帳に登録してある師匠の番号だ。
「もしもし」
『まさか全て言い終わる前に通話終了されるとは思ってなかったよ……』
「師匠がいらない真似するからですよ」
『仕方ないじゃん!君が居ないと研究の進むスピードが落ちて飽きるんだから』
「いや、それは自己責任じゃね?」
通話を続けながらビルの一室から出て階段を降りる。
通話口の向こうからは師匠の実に女の子っぽい声が聞こえる。
『うぅ、やっぱり君はドがつくSだ…』
「お褒めに預かり光栄です」
『褒めてないから!』
「ツンデレ乙」
『ツンデレでもない!』
「マゾ」
『……そうかも』
「え?」
『何でもないよ!何でも』
「は、はぁ」
何だろう、今とても重要な事を聞いたような……。
階段を一階まで降りきって道に出ると迷わず右へ進路を取りつつ話題を移す。
「それで、師匠。何か用があるのでは?」
『あぁ、そうだったそうだった。何、新しく魔術を開発出来たからテストをしようと思ってね』
「また開発したんですか……今年入って何個目ですか」
『四つ』
「そうさらっと凄いことを師匠から聞くたびつくづく天才だと再確認させられます」
半年で四つも魔術(一部禁術混じり)を開発するというのは正直、偉業では無くて異常だ。
一般の魔術師がその生涯の内に新しい魔術を一つ完成させること事態、稀だというのにこの天才師匠は事も無げに半年で四つも魔術を作り上げてしまった。
まぁ、師匠の異常性は今に始まった事ではないのでもう慣れたが。
電話越しに師匠がドヤァとか言ってるがスルー。
「とりあえず了解しました。これから帰りますので、半日程待ってて下さい」
『ほいほいオッケー。じゃあ準備して待ってるよ~』
師匠がそう返事を返して通話を終了する。
携帯をポケットに戻してから回りを見渡す。
周囲に遮るものがない、広大な空き地だ。
ここなら問題なく魔術を使用できる。
「ふぅ………」
空間魔力は正常。
体内の魔力も同様。
それらの必要な要素を確認してから、ズボンに多数あるポケットの一つからルーン文字の刻まれた石を魔力を込めて放る。
「Rad(車輪)」
そして刻まれた文字の名を告げると同時、俺は足を一歩踏み出す。
さて、
「帰りますか」
で、半日掛けて南米から日本にある自宅兼工房に帰ってきたワケだが。
「と言うわけでちょっと異世界に、いかないか?」
玄関開けて言われた師匠の第一声が意味不明で大変混乱している。
というか、師匠の頭が心配だ。
「師匠、病院行きましょうか。脳外科でいいですよね」
「病気じゃないからね!?真面目な話だからね!?」
プンスカという擬音が聞こえてきそうな程顔を真っ赤にして師匠が怒る。
師匠の名前はクリステンド。無論、偽名。
性別は女。
身長は160cm位。
整った顔立ちに、淡い色合いの赤い長髪をツインテールにしている。
明らかにサイズ違いの白衣を羽織り、その下には茶色のシャツと黒いミニスカート。
外見だけ見れば俺(18歳)と同年代。
しかし、このちまっこい師匠の実年齢は聞いて驚け27歳。
そんでもってこの人の本性はかの稀代の魔術師――
「全く、天才魔術師『アレイスター・クロウリー』に対して失礼だよ君は」
アレイスター・クロウリー本人……の転生体なのだ。俺も最初そう聞いた時はかなり驚いたが、師匠の異常な魔力量と魔術の技術力に納得してしまった。
「失礼なのは今に始まった事じゃないでしょう……それで、異世界に行くってどういう意味です?」
靴を脱がずに玄関を上がり、家の地下にある工房へ向かいながら師匠に訊ねる。
「いやさ、君が去年戦争行ってから暇だったからさぁ、君の部屋にあるライトノベルを片っ端から読み漁ってたら何だっけ、異世界ファンタジーってジャンルを見つけちゃってさ~」
「それで試しに術式を作ったら出来ちゃったと」
「その通り!イェイ!」
「イェイ!じゃない。また興味半分で禁術産み出さないで下さいよ」
そういった禁術が生まれる度に外部に漏れないよう隠蔽工作する俺のみにもなってほしい。
「つか人の部屋勝手に入んないで下さいよ」
地下へ続く階段を降りてすぐ目の前にある扉を開く。
この部屋が師匠と俺の魔術工房だ。
いつもなら雑多に色んなマジックアイテムが置いてある部屋だが、それらは全て部屋の隅に追いやられている。
その代わりに中央のスペースには大理石を削って作られた台座のような物が置いてある。
その台座には成人男性が三人並んでも余裕で入れるような巨大な儀式陣が描かれていた。
「これがその異世界行きの儀式陣ですか?」
台座を指差して疑問を口にしながら後ろにいる師匠を見るとウンウン頷いた。
よし、確認は取れた。
破壊しよう。
即座にズボンからルーン文字の刻まれた石を取り出す。
「Ken(炎)――」
「ちょ、ちょっとタイム!何いきなり壊そうとしてるのかな!?というかここ地下だから!炎のルーンとか洒落になんないから!」
「じゃあ違うルーンで」
「まず破壊することから離れようよ!」
師匠に後ろから羽交い締めにされ、渋々台座の破壊を諦める。
「分かりましたよ。破壊しないですから離して下さい」
そう言うと、師匠は「ほっ」と安心を口にしてから離れた。
俺は戦争の疲労から若干クラクラする頭を抑えながら師匠に振り向く。
「それで、この儀式陣のテストは今日じゃないとダメなんですか?正直、少し休みたいんですが」
願わくばこのままふかふかのベッドにダイブしたい。そして惰眠を貪りたい。
今なら2日連続で寝れる気がする。
「うん、今日じゃなきゃ無理。というか後ニ十分以内に儀式やらないと今度は来年まで待たないといけないからね~」
俺の願望は虚しく師匠の一言によって粉砕された。
ここで俺が「じゃあ来年でもよくね?」とか素の反応を示したら確実に師匠は駄々をこねる。物凄くこねる。
そうなると事態の収拾が面倒なので、こっちが折れるしかない。
「はぁ……。わかった。わかりましたよ。やればいいんでしょう、やれば」
本当に異世界に行けるかどうかは判らないが、そういったものに多少なりとも憧れているのも事実。
それにこの天才師匠の事だ、失敗する可能性は少ないだろう。
師匠は俺の言葉にうれしそうにぴょんぴょん跳ねている。
「こら、スカート短いんだからあんまり跳ねるんじゃありません」
秘密の三角形が見えるだろう。
赤と白のストライプが。
「おっと、私としたことが」
慌ててスカートを抑える師匠。
スカートの裾を整えてから改めて師匠がこちらに向き直る。
「さて、気を取り直して早速テストに取り掛かろうか」
「で、俺は何をすれば?」
「儀式陣の中に立っててくれればいいよ。あ、その前に」
唐突に何か思い出したように師匠は部屋の入り口近くにある大きく膨らんだカバンを持ってきた。
「よっと」
師匠がカバンを下ろすとドスッという重さを感じさせる音が聞こえた。
「これは?」
「連絡用の線を刻んだ石板と、君のルーン魔術の触媒を各種。それと君の持ってる『兵器』を収納したアクセサリー。それと私のLOVEが籠ったカバン」
「わざわざ、ありがとうございます」
「渾身のボケをスルーされた!?」
要らぬボケには突っ込むな。
俺が師匠と関わって得た人生の教訓だ。
師匠から渡されたかなり重いカバンを持ち上げて肩に掛け、儀式陣の上に立つ。
「師匠、やるならちゃっちゃとやりましょう」
「慰めも無いなんて、酷い弟子だよ君は……わかった、それじゃ始めようか」
そう言うと師匠は儀式台に近づいて手を触れる。
おそらく魔力を流し込んで儀式陣を起動させる為だろう。
「あれ?」
「どうかしたんですか?」
不意に首を傾げた師匠に少し不安を覚えながらどうしたのか訊くと、師匠は再度首を傾げた。
「いや、何かね……術式が勝手に変わってるんだ。それも複雑に。まるで何かを探してるみたいに」
「他者からの術式妨害ではないんですか?」
「そうじゃないみたい。何て言うか……そう。こちらとのパスを無理矢理繋げようとしてる感じ」
「それってヤバくないですか」
「うん、かなり。取りあえず儀式陣から出――ッ!」
「なっ!?」
師匠が全て言う前に、突然俺の立っている儀式陣が輝きだした。
急いで陣の外側に出ようとするも、まるで見えない圧力に固定されたように身体が動かない。
「ちょっ、これはマジで洒落になってないですよ……!」
「何で!?魔力を注いでもないのに……ダメ、止まらない!」
「冗談抜きでこれはヤバいですよねぇ!?」
「ヤバいを通り越してヤヴァイ!これじゃ、君がどんな世界にいくのか判らないよ!」
師匠が慌てた様子で叫ぶ。
と、その時儀式陣から声が聞こえた。
『世界位相及びゲート、同期完了。転移陣内の物質転移準備完了』
無機質な女性の声が響く。
「「ちょ、ちょっと待ったぁ!」」
『転移開始』
俺と師匠の言葉虚しく、無機質な声がそう告げる。
途端に俺は意識が遠くなり、視界がブラックアウトしていく。
薄れる視界の中で師匠が必死の形相で此方に手を伸ばしているのが見えた。
(なんつうか……)
消える意識の中で俺は一言呟いた。
「ツイてねぇ……」
そこで俺の意識は暗闇へと落ちていった。