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YAYOI(上)  作者: 葉月 優奈
1章:初めての恋
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草薙と入れ替わるように兄の駿さんが、部屋に入ってくる。

「できないことはしないで、なんかこっちまで緊張しちゃうから!」


顔を赤くした草薙は、ムキになった声で駿さんを叱っていた。

草薙は何かを理解したようだけど、俺には分からない。きっと、兄妹で何か通じているんだろう。

「ははは、ごめん」と苦笑いの駿さんの横を草薙は、通り過ぎて部屋を駆け足で出ていく。


代わって入って来たのは金髪の男性の駿さん。俺の方を見ていた。

背が高く、俺の方を見下ろす姿はやっぱり大学生だな。

俺も、あんなふうに大きくなるのかな。


「な、何があったんですか?」

「おもてなしの、クッキーを作ろうと思ってね。

よく考えたら、ボクは料理したことなかった」

駿さんははにかんでいた。大学生の割にはだらしないなぁ。


「えっと、駿さんはどうしてここに?」

「君には、とーっても感謝している。志田君」

不意に駿さんはなぜか俺の手を握って、何度も頷いていた。


「えっ、そんなに大事なんですか、あのテディベア?」

「テディベアじゃない、弥生のことだよ」


駿さんは、そういいながら写真立てを見ていた。さっき草薙が話した、三人組が写った写真立て。

遠くを見るような目で駿さんは、穏やかな顔へと変わる。


「何を隠そう、ボクはハイパーシスコンなんだ。神に誓ってもいい」

「はっ?」眉間にしわを寄せた俺は思わず聞き返す。

なんなんだ、この人いきなり何を言い出すんだ。

それでも胸を張った駿さんは、満足げな顔で頷いていた。


「アイラブシスター、弥生。

弥生のことを考えると、食事ものどを通らない……こともない。

弥生のことを想うと、心配で心配で夜も眠れない……こともない。

弥生がいなくなると、不安で不安で卒検も手につかない……わけだ」

駿さん、なんか目がいってるよ。怖いなぁ。


「つまり、ボクは妹『弥生』への海よりも深く、山よりも高い愛があるんだよ」

はっはっは、と高らかに笑うがちょっと変だ。


「そ、そうですか……」

「兄はね、妹の幸せを祈らないと兄として失格なんだよ。

でもそんなボクら家族でも、弥生を助けることに限界があるんだ。

だから、君には期待している。弥生を助けてくれ」


言葉と同時に俺の頭の中に出てくる、黒髪の少女草薙の顔。

かわいらしい顔が見えると、俺の顔が赤くなってしまう。なぜだ。


「どういうことですか?」

「弥生は、失恋して友達が怖くなった。

だからね、ずっと友達がウチに来ることはなかった。

きっと弥生は、学校の中では孤立しているだろう。

家以外では、感情を絶対表に出さないようにしているみたいだね」

「はい」と返事した。それには、思い当たる節があった。


四月に同じクラスになった草薙は、友達と喋っているのを見たことはない。

喋っていても、仕事を押しつけられているだけでまともな会話をしていない。

いつも、一人ぼっちで表情変えずにただいるだけの存在。

草薙には友達がいないのだろう。友達と話しているのを見たことない。

だとしたら、駿さんが嬉しそうな顔をしたのも納得できた。


「失恋は立ち直ることで強くなれる。それを人は『成長』という。

若い時は、長くてその密度の濃い時間はいろんなものを解決させてくれた。

でも弥生の場合は立ち直るきっかけ以前に、『あの事件』が影を落として成長を妨げている」

「『あの事件』?」

「そう、『あの事件』」

そういいながら、駿さんは右手人差し指を一本立てて口元に近づけた。


「これから言うこの話は、とても重要で悲しい話だ。

もちろん、誰にも言わないと約束できるかな?」

「ええっ、なんすか?気になるじゃないでスか!」

「君になら、もしかしたら弥生の笑顔を取り戻せるかもしれないから。

ボクはやっぱり志田君に期待しているんだよ。

希望の光であり、救世主であり、恋人候補だから」

「ええっ、それは……」

最後の言葉を言われた俺は、ものすごく恥ずかしかった。


生まれて、まともな恋愛をした事のない俺が恋人?しかもこんなにかわいい、草薙なんかと。

恥ずかしいに決まっているじゃないか、もじもじしている俺を温かい目で見ている駿さん。


「ははは、それだけ赤くなったら、弥生のことを本当に想ってくれたんだね。

君になら話せるよ、弥生の秘められた過去を」

そういいながら、一つ咳払いをしてみせた駿さん。

じらされたようで、俺はなんだか不愉快な顔に変わっていた。


「で、なんですか?」

「今から五年前、弥生の父は母を殺した。唯一家にいた弥生は、それを目撃して通報した」

「えっ、なんて……殺したって?」

いろんなことが出てきて俺は、混乱していた。つまりは、どういうことだ。


「五年前の冬、引っ越しで広島の新しい町に住みこんだ俺たち家族。

でも、その町は父が望んだ転勤だった。なぜなら、父の浮気相手がそこにいたから」

「浮気相手がいる町に、引っ越すって……」

「父がなぜそうしたのか理由は知らないけれど、愛人の方が父を求めてみたい。

そんなある日、母と弥生は偶然帰りが一緒になって家に帰った。そして、父の浮気現場を目撃した。

ベッドで、父と見知らぬ女性が裸で一緒に寝ていて……なかなかムラムラするだろ」

「それって、修羅場じゃないですか」

「そうだね~。当然小学生の弥生を二階に追いやって、怒った母と父は喧嘩を始める。

だけど錯乱した父はそこで持っていた包丁で、母を刺し殺してしまう」

包丁で刺すしぐさを見せた駿さんの顔は、どこか悲しそうだ。


「それって、やばいんじゃ……」

「もちろん殺人犯だね。だから父は、このことをもみ消すために家にいた弥生を探す。

しかし探し回ったけど、弥生は見つからなかった。

弥生はね父が母を刺したのを二階で見た後、すぐさま近所の家に逃げ込んでいたんだ。

そこで弥生は近所の家から警察に通報もした。

殺害のシーンを弥生は、最後まで残ってしっかり録音していたんだ。

ボクだったら、あまりのショックでおののいちゃうけれどね」

はにかむ駿さん、俺もそうかもしれない。

ましてや小さい小学生なら、なおさら立ち回れないだろう。そう考えると、弥生がすごいと思えた。


「でね、そんな光景を見た弥生は、当然のことながらそのショックを引きずってしまう。

弥生は両親が大好きだったから。父は犯罪者、母は死亡したことを素直に受け入れられなかった。

そのあとからだよ、弥生は笑わなくなった。人を極端に避けるようになったから。

最近は、ようやく新しい家族に話しかけるようになったけれど……まだまだ、学校じゃあ話せそうにもないね」

「そうだったんですか……」


草薙のことを知って、俺は頭の中をめぐらせた。

今までの草薙は、おとなしいだけのちょっとかわいい女子。

でも失恋して傷ついて、親の殺人を目の当たりにして、あんな草薙になったこと。

ただ漠然と可哀そうとかじゃなく、重いものを背負って生きているんだって、それが分かっただけでも草薙に少し近づけたように思えた。

何より弥生に対して俺は新しい感情が芽生えた。


「弥生って見た目はおとなしそうだけど、よく考えていていつも冷静に動ける子なんだ」

窓から見える海を見ながら、駿さんはそうつぶやいていた。


「そうですか。今まで草薙の事、いろいろ知らなかったし、分からなかった。

ただ、何となく一人ぼっちで可哀そうなイメージしかなかったけれど、違うんだよな」

「そうそうよく気づいてくれた。

やはり、ボクの目には狂いはなかったようだ」

するとしんみりした顔から、一転はにかむ笑顔に変わる駿さん。


「君は、弥生の笑顔を見たくないかい?

あの事件から忘れてしまった、弥生の姿を見たくないかい?」

駿さんは俺の肩に手をかけた。俺は駿さんの顔を見上げた。


(草薙の笑顔か……)

いつも無表情で、孤独で、浜辺では泣いていた草薙。

でも、この家で少しとんがった顔を見せたときの草薙の顔は、とてもかわいかった。

もし草薙が笑顔になったら、どんな顔を見せてくれるんだろう。

きっとその顔は、俺が今まで見たことのない素敵な顔だろう。


すぐさまドアが開いた。

「とりあえず、できたよ。これ……」


出てきた草薙の顔はいつも見せる無表情だった。

そして少し焦げたクッキーをお盆に乗せていた。


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