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YAYOI(上)  作者: 葉月 優奈
1章:初めての恋
7/27

あの後、しばらくたって俺は初めての場所にきていた。

スースーとハッカのようなひんやり感と、試験の緊張感のようなものが入り混じった部屋に俺はいた。


そこは草薙の家で草薙の部屋。

俺と草薙は二人きりでこの部屋にいた。静かな空間は、気まずい空気を感じていた。

この家に招いた駿さんは、「おもてなしをしないとね、久しぶりのお客さんだから」と上機嫌で台所に向かう。

なんだか、駿さんは駐車場で会った時よりすごく機嫌がいい。

鼻歌交じりに、台所へ向かっていた。

この駿さん本土(クニ)の大学に行っていて、夏休みを利用して実家に戻って来たって言っていた。


そのあと、草薙に三階にある部屋に案内された。

女の子らしい部屋で、赤いカーペットにぬいぐるみとベッド、それから大きなタンスがある。

よく考えれば、中学入ってから女子の部屋に入るのは初めてだ。

幼なじみの姫子の部屋でさえ、中学になったら入るのにちょっと抵抗あるし。


「志田君、何もないけれど……」

いつも通りの草薙は、セーラー服姿のままクッションの上に腰掛ける。

草薙の部屋は、驚くほど変な部屋ではなかったけど少し広い。

テーブル越しのクッションに、俺も座って弥生と向き合う。


姫子の部屋は、男勝りというか謎のサンドバックがあった。

もちろん姫子の部屋の方がおかしいのだが。

恥ずかしくて、互いに顔を見合わせないまま部屋を知らずにチェックしていた。

基本は白を基調として、清潔感のある部屋だ。


この弥生の家は、式部島で一番大きいと駿さんが言っていた。

俺の家の十倍はあろうかという広さで、いっぱい空き室もあるって言っていた。

庭も大きく、専属の庭師さんも働いているとか。

草薙の家って、実は金持ちだったんだな。


「大きいな、家」

「うん、大きいよ」

俺がしゃべって弥生が俺の顔を見た途端に、俺は視線を少しだけ上にあげる。

草薙の顔を見た途端に、胸が少し熱くなっていた。

草薙は、それでも冷静に俺の方を見ていた。


「どうしたの?目を逸らしているようだけど」

「いや、なんていうのか、熱いというか……」

「窓、開けるね」


草薙は立ち上がって窓に近づく。

窓を開けると、そこから心地よい潮風が吹きつけてきて眼下に大きな海が見えた。

俺も立ち上がり、窓から外を眺める草薙の方に近づいていた。


「うわ~、きれいだな」

「この景色、気に入っているの。夜は星も……見える」

後半の方、草薙の顔が幾分か曇っているように見えた。


「そうだな。俺の家も、海の近くなんだ」

「そう、よかったわね」


窓から空を眺めた、草薙は素直にかわいかった。

長い髪が海から吹きつける風になびいていた。


(なんで、こんなにかわいいんだ)

それでも、うつろな顔で弥生は海を見ていた。


「俺んちだって海も見えるし、夜は星も見えるんだ」

「星を見るのは……なんでもない」


草薙は不機嫌な顔ですぐに窓から離れて、テーブルそばのクッションの方に戻っていく。

俺も歩いて戻ろうとしたとき、ふとそばに置いてある本棚に目をやった。


「あれ、これって?」

「あっ」草薙は驚いた顔で、かわいい声を上げていた。

俺が見つけたのは、赤い枠に入った写真立て。

その写真立てには三人の子供が写っていた。


男を真ん中に両脇に女で、左の女の子が草薙にそっくりだ。

そして三人の女の子は小さなテディベアを、それぞれ一個ずつ持って笑顔を見せていた。

左の女の子はグレーで、右の女の子はピンク、真ん中の男の子は白のテディベアを持っていた。

そのグレーのテディベアは、さっき俺が届けたものだとすぐにわかった。


「草薙の、子供時代?」

「本土に住んでいた小三の頃、遊園地に行った時に撮ったものよ」

草薙から、大きなため息が漏れる。

俺は写真を見ながら、うつむいた草薙を見ていた。


「私ね、好きな人がいたの。真ん中の子、彼が好きだったの。

同じ小学校の私たち三人はいつも一緒で、何をするにも仲良くやっていたわ。

でも私はね、この遊園地の後に転校が決まっていたの」

「転校?」

「そう。だから私は彼に告白をしたの。

『転校するから、いなくなっちゃうから、私は告白するね。彼が大好きだよ』って」

いつも無表情の草薙はこの時だけ、感情をこめて何かを訴えるように言った。


「草薙……」

「でも、ふられたの。あの子がずっと好きだったみたいで、あの子とは相思相愛だったから」

そういって指さしたのが、隣の女の子。

ピンクのテディベアを持った、かわいらしい女の子。


体を震わせた草薙に、俺はどこか哀れみを感じた。

「なんだか馬鹿みたい。

勝手に一人で好きになって、私の恋は絶対届かなくて、最後に彼と彼女を無意味に傷つけて……最低」

「そっか……変な話聞いちゃって……悪い」


俺は申し訳なさそうに素直に謝った。

でも草薙は、目をつぶって首を横に振っていた。


「ううん、いいの。私が全部悪いんだし、あの言葉がいけなかったの。

志田君は何も悪くないわ。

そんな私なんか、恋をする資格なんかないのだから」

「草薙、そんなことより何か臭わないか?」


すると下の方から、焦げ臭いにおいが俺の嗅覚を刺激した。

窓を見ると、黒い煙のようなのが上がっていて弥生が血相を変えた。


「あっ、兄さんだわ。全くもう……」

そういいながら、草薙が立ち上がるとすぐにドアの方に近づいていく。

口を尖らせ、軽く怒った草薙の顔がやっぱりかわいく見えた。

俺は思わず見とれてしまう。


そんなときにタイミングよく、ドアの方が先にガチャリと開く。


「ごめ~ん、弥生……」

そこに出てきたのが、はにかんでいた駿さん。頭をボリボリ書きながら苦笑いをしていた。


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