26
夜九時のフェリー乗り場、時間はどんなところでも平等に進む。
閑散とした港は夜ともなると人気も少ない。
周りにほとんど人もいないフェリー乗り場に、俺は弥生と一緒にいた。
朝は姫子の理不尽な呼び出しにむっとしていた俺も、いつの間にか笑顔になっていた。
弥生は、恥ずかしそうに笑顔を見せてくれた。
俺はこんな人間らしい弥生が見たかったんだ。やっぱり弥生の笑顔はかわいい。
「勇太、ありがとう。そしてごめんなさい」
「ううん、俺が勝手に好きになっただけだから」
「私、もっと勇太のことが知りたい。恋愛って、相手を認めることだって兄さんが言っていた」
ほんの二時間前になった、新しい恋人の弥生。
胸に手を当てて、俺を見る目は今までの無感情な弥生ではない。
今まで近くにいても、弥生のことを恋人として意識しなかった。
ただ笑顔が見たいだけで、俺は弥生のことを連れ回していただけだった。
でも弥生も俺のことを想ってくれた。それがとてもうれしかった。
いとおしい新しい恋人に、俺は少しさびしそうな顔を見せる。
「もう、出るんだよな、フェリー」
「ごめんね、私は式部島だから」
弥生は、恨めしそうに乗り込む小型のフェリーを眺めていた。
式部島と薪島、フェリーで十分ほどの距離なのにそれが遠くに切なく感じる。それが恋なのか。
「でも、弥生。明日も学校だから、また会えるし」
「うん、それまで我慢する」
今まで、見せた事のない弥生の笑顔に俺はドキドキしっぱなし。
キュートで自然な弥生の表情は、俺の心を癒してくれた。
そしてその表情の弥生は、俺を上目遣いで見てきた。
「あのね……勇太」
すると小さなウサギのぬいぐるみを両手に抱えた弥生が、俺の方に顔を赤くして見ていた。
向き合う俺は、緊張した顔で少し背の低い恋人の顔を見ていた。
「弥生、どうした?」
「勇太、私も好き。でももっと知りたいしい、好きになりたい……」
「弥生……もちろんだ」
そういって、俺は弥生の小さな体を抱きかかえた。
か弱く、小さな弥生の体を抱き寄せると俺の胸が落ち着いていた。
弥生もまた安らかな顔を浮かべていた。
そして弥生の腕には、小さなウサギのぬいぐるみ。
俺が初めての彼女に送った、プレゼント。
「今度、私も勇太にプレゼントする」
「弥生?」
「ウサギは、寂しがり屋だから、死んじゃうから、お揃いのウサギ。勇太のウサギを買ってあげる」
「ああ、ありがと」
その会話はとても自然にできた。
笑顔を見せた弥生は、今まで見たどの顔よりもかわいらしかったから。
そのまま弥生は、フェリーに乗り込んでいく。
「それじゃあ、またね」
弥生は手を振って、俺に応えてくれた。俺もまた、手を振った。
汽笛が鳴り、フェリーに乗り込んだ弥生。
岸から遠ざかっていくフェリー、俺は何度も手を振った。
「明日、学校で!」
それは、俺が一番大きな声で叫んでいた。




