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この島は、薪島という。東京都内で、離島の一つ。
自然豊かな島で、特に島のいたるところから海が見える。
きれいな海と山が自慢な島だけど、負の歴史も持つそんな島。
初夏の薪島は暑い。でも蒸し暑さはあまりない。
学校帰りの道を歩くと、右側に大きな海が見える。
青々と広く続く海のそばの遊歩道は、潮のいい香りがした。
俺は姫子と一緒に、通学かばんを持ちながら海の見える通学路を歩いていた。
「勇太は、期末自信あるの?」
「まあ、姫子よりは点を取れる自信がある」
「なによ、それ。あたしだって勇太には、現国では勝ったことがあるのよ」
「一回だけだろ、まぐれで山が当たって……」
俺の言葉に、ムスッと膨れた姫子が隣を歩いていた。
「てか、赤点はもう取るなよ。前回数学、理科と英語かひどかったよな」
「なによ!取りたくて取っているわけじゃないわ。勇太の教え方が全部悪いのよ。
それに、今回は絶対に落としたくないの。赤点になったら……行けなくなるから」
口を真一文字にした姫子は、さらに目を険しくしていた。
「『七月七日、大七夕』か?」
「そうよ。今年はね、あれを先輩と行く約束なの。
先輩は来年三月に卒業しちゃう。だから最後にこの島で思い出、作るんだから!」
姫子は、握りこぶしを固めて気合の入った顔を見せていた。
「先輩も災難だよな……野球部の……ふごっ」
すると、姫子がぶん回した通学カバンが俺の後頭部を直撃する。
俺は、前につんのめってバランスを崩す。
右足でかろうじて踏ん張って、体勢を整えた。
すぐさま後頭部を抑えて、恨めしそうに姫子を見る。
「いってぇ、姫子」
「何よ、先輩の悪口を言うなんて許さないんだからねっ!」
(いや、先輩を気にしているんだけどな。こんな暴力女と、良く付き合えるよ)
不機嫌な顔で姫子は、ふてぶてしい顔で海の方に視線を逸らした。
姫子は、野球部のマネージャーをしている。
理由は単純、野球部のある先輩に憧れたから。
先輩は、野球部でキャプテンにしてエースで四番、おまけにイケメンで、頭もいい。
いわばパーフェクト超人だ。
姫子は、その先輩にバレンタインの時にチョコをあげて告白。
先輩は、ホワイトデーで姫子とつきっている。誰もが認めるれっきとした恋人だ。
生を受けて十四年、恋人いない俺には姫子が少しだけ羨ましかった。
「だから、今年は『大七夕』一緒に行けないわ」
「そうか……よかっ……いやあ、残念だ」
一瞬、姫子の手が伸びたような気がしたので語尾を修正した。
俺は視線に困って海を見ながら歩いていた。
先輩の話が出ると、ちょっと考えてしまう卒業後の事。
高校がない薪島は、進学を希望すると島を離れなければならない。
そう考えると、卒業までのわずかな時間が切なく思えてきた。
でもそんなことを気にしない大きな海は、今日も潮風を運んでくる。
「そうよ、残念なのよ。勇太、もっと残念がりなさい。この超絶美少女の姫子様が……」
「そんなことより勉強だろ。俺の家もうすぐだから」
そして、遊歩道の先には大きな港が見えてきた。