19
俺は怒っていた。
朝の教室に、まだ先生は来ていない。
だからこそ話に花を咲かす生徒たち、和やかな教室。
でも、俺と姫子は険悪なムードに変わっていた。
そして、その険悪ムードは瞬く間に周りの視線をひきつけてしまう。
「あのさ、姫子。お前は何がしたいんだ?」
「勇太、超鈍感!」
俺と姫子はほぼ同時に叫んだ。
眉をひそめて姫子の顔を俺は見ていた、姫子も目を逸らさない。
「鈍感?何を言っているんだよ!」
「ああっ、もう。あんたは、何もわかっていない!
これも、勇太あなたのためでもあるのよ!一体、何年姫子様の下僕をやっているのよ!」
「わけ分からねえ。てか、俺は下僕じゃねえし」
「とにかく、草薙さんも連れてきなさい。
日曜日の朝、いつもの公園で待っているわ!」
最後は、捨て台詞のようなことを言った姫子は、そのまま肩を怒らせて離れて行った。
俺は、苦々しい顔で姫子の背中を見ていた。
「なんだよ、アイツ」
悪態をついて、俺は前を向く弥生の方を見ていた。
それでも弥生は、ずっと前を向いていた。
反対するわけでも、否定するわけでもない、いつも通りの弥生。
「弥生、ごめんな。姫子が変なことを言って」
「ううん、大丈夫」
前を向いた弥生は、俺の方を向いてきた。
いつもながらに無表情で、弥生は机の上に教科書を取り出していた。
「でも、俺はともかく弥生を連れて来いって、姫子はおかしいよな」
「そうかしら?」
意外にも弥生は、俺の顔を不思議な目で見ていた。
俺はあれっ、となんか拍子抜けをしていた。
「な、なんだよ?」
「意外と、勇太って鈍感なのね」
「ど、鈍感って」
俺が、困った顔で言ったときに弥生はもの欲しそうな顔で俺を見ていた。
長い髪を指でくるくるいじり、俺の言葉を待っている。俺は口元をムズムズさせていた。
弥生の上目遣いは、いつもドキドキさせる。
「弥生……」
「ねえ、私を誘ってくれるの?明日の買い物」
「う、う~、弥生が嫌じゃなければ……」
「わかった」
か細い声で、弥生は俺の誘いに素直に乗ってくれた。
俺に対して弥生は、ちょっとだけうれしそうな顔を見せて、すぐに鉄仮面のような表情に戻した。