17
『大七夕』の『天の川下り』から一週間後。
朝の家はあわただしい。漁師の朝は朝四時だと起きている。
そして相変わらず、家の倉にいた俺。ボーダーのパジャマを着た俺は、網を眺めていた。
「ふー、おわった」
俺は朝の日課でもある網の手入れを終えて一息をついたのちに、薄暗い倉を出た。
鰹じいの家には小さな庭がある。朝四時だと夏でもまだ周りも薄暗い。
夏ではこの時間は過ごしやすい暑さだから、俺が好きな時間帯だ。
のんびりと庭でストレッチをしていると、一軒家の方から声が聞こえた。
軒先から一軒家に入ると、鰹じいはテレビを難しい顔で見ていた。
やっていたのが、天気予報。
「今日の天気を、お伝えします」
女子アナウンサーの声が、聞こえてきた。
この薪島はテレビ局が一つしかない、だから本土に行くといくつものテレビ局があって驚く。
島専用のケーブルテレビ、それは俺たちの生活に必要な情報を届けてくれた。
ケーブルテレビでは、海の天気予報をこと細かくやっていた。
それを鰹じいは、居間で食い入るように見ていた。
「海は晴れるそうだ、昼から島が荒れるそうだ」
「そうか……」
今では食事が用意されている、鰹じいはいつも通り食事を食べていた。
今日も脂っこい肉料理が、朝食とは思えないほどの料理が食卓に並ぶ。
俺も、テーブルに座り「いただきます」の合図で食べ始めた。
「勇太、お前は素直か?」
「えっ、何言っているんだ、鰹じいは?」
いつもながらに難しい顔で、俺に声をかけてきた。鰹じいは時折難しいことを言う。
テレビでは、天気予報が終わり別の情報番組が始まった。
「この前、お前の両親から電話があった。盆休みにこの島に戻るそうだ」
「へえ、親父が……」
親との再会は、かなりうれしかった。
前に会ったのは正月だから親とは、約半年ぶりの再会。
まだ中学生、少し俺も成長した姿を見せられるのが楽しみだ。
一個上の兄貴も両親も、みんな便利で刺激的な本土の方に引っ越していた。
「お前は、もうすぐ中学を卒業する」
そんな時、鰹じいがポツリとつぶやいた。
「ああ、そうだよ。あと一年あるけど……」
「もう一度聞く、お前は漁師をやりたいんだな。わしの後を継いでも、構わぬのだな?」
「俺が決めたんだ!迷いはない」
それは幼いころから決めていた覚悟、俺は立ち上がった。
俺の姿を見て鰹じいのしわのある顔から、少しだけ笑顔が漏れた。
「そうかそうか、お前はあの時と変わらんな。やっぱり素直なまま、育ったんだな」
「鰹じいの、教えのおかげだよ」
「だが、それだけではだめだ!」
すぐさま鰹じいは、俺に対して厳しい顔と声を浴びせてきた。
正直俺は理解できない。困惑した顔を浮かべた。
「お前はまだまだ修行が足りん、人間としての修業が!」
「どういうことだよ、漁にも行ったし中学卒業したら漁師になる」
「漁師とて、一人の人間だ。でも勇太。今のおまえには、まだ漁師をやらせるのが不安だ」
鰹じいの声に、俺は納得できない顔で座った。
いつもながらに、彫の深い顔で難しそうな顔で俺を見ている鰹じい。
「もう少し見聞を広めろ。今の世の中、それだけが選択肢ではない。
おまえは素直がいいところだ。だから、この言葉も分かるだろう」
「鰹じい……」
「お前に時間は、いくらでもある」
居間のテーブルにあるチャーシューを、箸で大量につまむ。
そのまま、チャーシューを七十代とは思えぬ食欲で食べていた。