表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
YAYOI(上)  作者: 葉月 優奈
二話:薪島の大七夕
16/27

16

俺は、とんでもないことをしてしまった。

傾斜のある地面、足場は前の日の夕立でぬかるんでいたというのもあった。

だから弥生の撫子を模した浴衣が、泥で汚れていた。

青ざめた顔の俺、それでも弥生は無表情で立ち上がった。


「ほんとうに、ごめん」

「ううん、いいの……」


すかさず俺は、持っていた手拭いで汚れた浴衣を一生懸命拭いていた。

青ざめた顔の俺は、完全にテンパっていた。

でも、弥生の顔は全く動じない。落ち着き払った顔が、とても怖かった。

だけど、俺はそれでも平謝りするしかない。


「本当に、本当にごめん」

弥生の浴衣が汚れてしまい、ただただ謝った。

てぬぐいで一生懸命拭いて、それでも汚れは全部落ちない。

俺は申し訳ない気持ちと後悔で頭の中がいっぱいになっていた。


「弥生……、後で洗って返す」

「なんで、勇太は私に優しくしてくれるの?」


そんな時も弥生は、いつも通りの声と顔で立ち上がっていた。

俺の青ざめた顔を見て、淡々と前を向いた。


「そ、それは……」


またあの質問か、答えをうまく言葉にできない。

俺の胸が、ものすごくドキドキしていたから。

落ち着いていれば、言葉にできるのだろうけれどそれさえも許さない。


「や、弥生。それより、何を流したんだ?」


恥ずかしいのか、俺はとっさに話題を変えて前を向く。

少し前を向いて見える光を見つけた。先行するする俺は、手を伸ばす。

小さな弥生の体を、今度は落とさないように大事に引き上げた。

それでも、すぐに弥生は答えてくれない。間もなくして見える前の光が大きくなった。


「ここは、秘密の場所だ」

断崖絶壁、大きく広い海と傾く夕日が赤と青のコントラストを描く。

その海には、小さな舟がいくつも大海原に流れていた。


それは、俺がこの島で一番きれいな景色が見える秘密の場所。

俺の隣で弥生は、立ち尽くして泣いていながら海を眺めていた。


「私は、はじめての恋を流したの……」

そこまで表情を変えなかった弥生は、急に泣いていた。

涙声の弥生は、俺に対して二度の泣き顔を見せていた。

気づくと俺は、弥生の泣き顔を手で拭っていた。


「弥生……」

「勇太が、勇太が持ってきてくれた……あの子を流した……あの話を聞いて……」

「大丈夫か、弥生」

「私に触らないで!勇太を、傷つけてしまう」


俺は何とかしたかったけど、弥生は泣いていた。泣いた涙をぬぐうことなく海を見ていた。

それはとても悲しそうで、哀愁さえ漂っていた。


「ごめんなさい。私は、恋を忘れないといけない。二度と恋なんてしてはいけないの、それを知ったから!」

「弥生、普通の七夕の話は知っているよな」

「当たり前でしょ、織姫と彦星が……」

「織姫もさ、彦星もさ、初めから恋がうまくいったのかな?」


俺の問いに、弥生は泣くのをやめて困惑気味に俺を見ていた。

綺麗な夕日と星舟流れる海を眺めた俺は、弥生の方を見ていた。


「どういうこと?」

「織姫も、彦星もいっぱい恋をしたんじゃないかな。

初めから、運命の人に出会えるわけないし、織姫も彦星も若かったんだよ。

恋をして失敗して、また恋をして、うまくいかず、ようやく二人は出会えたんじゃないかな?」

「勇太……うん」

「きっとそれが、天の川だと思う。恋愛を失敗した人たちの涙の川。

でも涙でできた天の川の先には、きっと幸せが待っていると思う。

やまない嵐はない、これ俺の座右の銘」


笑顔を作った俺。弥生は、手で涙をぬぐって遠い目で海を見ていた。

弥生と二人で海を見る、舟はどんどん沖に流れていく。

弥生は、いつしかいつも通りの無表情に戻っていく。

それが、弥生の普段の姿。


「そうね、勇太……一つ約束してもいい?」

「弥生?」

「私、あなたと星が見たい」


その言葉に、俺の胸はすごく熱くなっていた。

激しく、熱く、苦しく、俺の胸はおかしい。だから弥生から目をそむけてしまう。


「うん……」

あいまいな返事をして胸を抑えた。


胸が、いまだにドキドキしている。これはなんだ?俺はまだ戸惑っていた。

でもそれは心地よいものでもあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ