15
俺は、自分の星舟を海水につけていた。
土台のペットボトルに麻紐で縛り、小枝の柵で作られた小さな自作の舟。
その舟に、笹と七月七日に書いた短冊を乗せて海に流す。
夏空の夕日は、海に映えてとてもきれいだ。その海を、無数の舟が本土のある沖の方に流れていく。
『織姫』と『彦星』の看板が立っていて、女と男がそれぞれ別々の場所に分かれて海岸のそばに集まった。
もちろん俺は、男だから『彦星』の方。
弥生は、『織姫』の方の桟橋へ歩いて行った。
海岸から、釣り人用の桟橋まで一人で移動していた。
俺のペットボトル舟には、短冊と白い歯が二つ乗っかっていた。
流れゆくペットボトル舟は、俺の想いを乗せていた。
周りの舟も同じように、海を流れていく。本土に届けと、海の潮に引かれていく。
干潮の時間帯で、舟は沖へと漕ぎ出している。それは、とても幻想的な光景。
数分間、俺は感傷に浸っていた。
(そろそろ、戻るか)弥生もいるので俺は、桟橋を後にした。
桟橋を後にした俺は、海岸で弥生と会う。手には、さっきまでの『星舟』はない。
いつもより心なしかつらそうな顔の弥生は、ゆっくり歩いてきた。
手を振った俺、弥生はなんだか笑顔に変わっていた。
「待たせたな、弥生。この『天の川下り』を楽しむ、ちょっとした場所があるんだ」
「そう、なの」
俺は海岸の後ろにある、林の方を指さした。
だけど、弥生は笑顔から大きなため息をつく。
「弥生、どうした?」
「ううん、なんでもない」
「弥生、危ないから足元、気をつけろよ」
「わかった」
そういいながら、俺は海岸の裏にある林の方に歩いていく。
そのあとの弥生は、俺の背中を無表情でついてきた。
足場の悪いけもの道を、弥生と一緒に歩く。
弥生とは初めてのことで、少し心がドキドキしているのが分かった。
「どこにいくの?」
「秘密の場所だ。昔、俺は姫子と一緒に見つけた場所だ」
木々が生い茂る雑木林を抜け、前には小さな川。
流れが速い川を、木を渡しただけの丸太橋を俺が先に渡る。
「弥生、どうだった『天の川下り』?」
俺の後を、慎重に橋を渡る弥生に声をかけた。弥生は、橋の途中で立ち止まった。
難しい顔で、橋の下の川をじっと見て固まった。
なんだ、どうしちまったんだ。俺は不安な顔を浮かべた。
「勇太は、『大七夕』って死んだ流人と本土の恋人を会わせるものだって言ったよね」
その言葉は俺があの石碑で話したこと。
薪島は、かつて島流しの島とされてきた。
そこでは、罪を犯した罪人(単に幕府に逆らった人たち)を収容するためにこの島に流された。
山の中にあったあの石碑は、流人達の忘れ去られた共同墓地。
でも、流人にはそれぞれ恋人が本土にいた。
だからこそ、本土に流人がこの島に生きていたということを、伝えるために習慣として行ったのが『大七夕』。
ある流人が、親友になった流人の死で遺書どおりに行ったのがきっかけ。
死んだ男の流人は農家で、恋人がいたけれどその恋人は身分の違う武士の娘。
身分の違う二人が付き合うことに反対した武士は、男を島流しにした。
それでも男は最後までその娘を愛していた。
だから、最後に自分が愛しているということを伝えたい。
親友が、小さな手作りの『星舟』に短冊を書いて流したのが『大七夕』の発端。
小さいころ鰹じいが、何度も石碑を見せては『大七夕』の意味を教えてくれた。
「うん、本土の恋人に生きた証を立てる習慣。
忘れ去られた、『大七夕』の本当の成り立ち」
「そうね」
いつの間にか橋を渡り終えて、林の中を抜けながら俺は弥生に話しかけていた。
「でも、今やいろんな解釈があるんだ。
本土の好きな人に想いや感謝の気持ちを伝えるとか、本土に行った自分に想いを伝えるとか、ただのお祭り騒ぎしたい人もいるから。この島ってほら、ほかに大きなお祭りもないし」
「そう、だね……」
俺に弥生の手を引っ張って小さな橋を渡った。
そのまま上り坂を、か弱い弥生の手を引きながら歩く。
弥生の体温を感じながら歩く山道は、やっぱりドキドキしていた。
「俺は、歯を船に入れた」
「勇太、どうして歯なの?」
「俺の両親、本土に住んでいるんだ。だから、俺の成長の証である歯を送ることで……」
はにかみながら俺は上り坂の上の方、光が差し込む方を見上げていた。
後ろの弥生の視線が気になるな。
「感謝の気持ちを伝えたんだ、産んでくれてありがとうって」
「そう……勇太は、優しいのね」
「ああ、弥生とも、姫子とも、鰹じいや漁師って夢ともこうして出会えたから」
それは、素直な気持ち。中学に入ってようやく抜けた最後の二本の乳歯。
中学でも乳歯が残った俺は、病気じゃないかって姫子にも心配されたけれど、二か月前に抜けた二本の歯。
それは、俺が大人になった証。
「勇太は優しい」
弥生の言葉に、俺はちょっと顔が赤かった。
ドキドキして、俺は舞い上がっていた。だから慣れない下駄が、木の根っこに引っかかってしまう。
「うわっ」
俺は、咄嗟に弥生の手を引っ張ってしまう。
そのまま、俺はかろうじてバランスを取り左足で踏ん張ろうとした。
だけど、小さな弥生の体は俺に引っ張られて倒れてしまう。
「あっ」
「弥生……」
かわいい声を上げた後、弥生は前のめりに倒れた。
そこには、土まみれで浴衣の濡れた弥生がいた。