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七月十四日は、午前中で学校が終わった。
なぜなら『大七夕』のクライマックス、『天の川下り』が行われるから。
それぐらい、薪島と『大七夕』というものが関わっているのを俺は知っていた。
小学校二年の夏、初めて参加した『天の川下り』。
図工の時間に、手作りの舟を作って中に短冊と思い出の品を流した。
あれから六年か、あの時から俺は毎年『天の川下り』で舟を流しているんだな。
久しぶりに水色の甚平を着た俺は、海岸に歩いていた。
この時期ぐらいしか履きなれない下駄、足の親指がちょっと痛い。
多くの人が集まり、露店と海の家が賑わう夕暮れの海岸はお祭り騒ぎ。
俺はペットボトルで作られた『星舟』を、両手に持っていた。そんな俺は、まだ心の中がソワソワしていた。
「弥生……似合っているな」
隣にいる女子に声をかける、弥生だ。
黒くて長い髪をかんざしで結わえた弥生は、浴衣を着ていた。
撫子の花が書かれた水糸の浴衣が、弥生に似合っていてかわいらしい。
それでもいつもながらに無表情で大事そうに抱える、手作りの舟。俺と同じ『星舟』だ。
下をペットボトルで、上の部分に小枝の柵、麻紐で舟の形に縛られた、簡易のペットボトル舟。
「そう……勇太も似合っているわ」
「ああ、ありがと」
弥生に言われると少し恥ずかしいな。
俺と弥生のいる海岸は、太陽が傾きかけていた。
多くの人たちが、着物を着て海岸に集まっていた。もちろん『天の川下り』。
そんな中で、俺たちの方に近づく一人が見えた。手を大きく振って、俺に合図してきた。
「あれ、勇太じゃない」
そこに出てきたのが、姫子。
ピンクの派手な浴衣とカールかかった髪、それに鼻につく声は、いくら人が多くても目立つ。
しかし、姫子は一人だ。それでいながら姫子は美人だ、周りの視線を集めていた。
「あれ姫子、先輩と一緒に来ていたんじゃないのか?」
「な、なによ!今先輩は、少し忙しいの。そっちは草薙さん?」
「沢野さん、初めまして」
弥生は、感情をこめずに姫子に軽く頭を下げた。
間に挟まれた俺は、姫子と弥生を交互に見ていた。
「そうね、ちゃんと話すのは初めてね。あたしは、沢野 姫子よ。よろしく」
可愛らしい笑顔で姫子が手を出すと、ちょっと間が空いて弥生が差し出した手を握手した。
「こちらこそ」
「あっ、えっと……あたしと勇太は変な関係じゃないから」
「変な関係って?」
弥生に突っ込まれて、姫子はあたふたしていた。
何墓穴掘っているんだよ、こっちまで恥ずかしくなるだろ、姫子。
「弥生、俺と姫子はただの友達だ。
所詮は、ただトモだ。家が近くて、ただの幼なじみだ」
「わかった……」弥生は、あまり気にしていないのかぼんやりと周りを見ていた。
「それより勇太、やったじゃない!」
肘で俺の腹を軽くつつく、いたずらっぽく笑顔を見せた姫子。
力があるのか、右ひじが痛いんだけど。
「な、何を言っているんだよ」
「お似合いよ、安心したわ」
「はあ、どうも……」
弥生がいるせいか、姫子に対していつも通りの反応ができない。
反応に困って、照れてしまう俺がいた。
そんな姫子が少し弥生と離れて、俺に小声で言ってくる。
弥生は、周囲の『天の川下り』の露店を見ているみたいだ。
「勇太、草薙さんと後悔する恋愛をするんじゃないわよ」
「なんだよそれ」と、これも小声。
そんな姫子は、弥生の方を見て笑顔だ。ちょっとそんなにひそひそ話すことかよ。
「姫子は、今年は何を流すんだ?」
「それはね、手紙……」
はじらいながら、懐から一枚の封筒を取り出した。
その表情は、ものすごく赤くて姫子じゃないみたいだ。
でも、今日はその気持ちが何となく理解もできた。
「先輩と作った舟に、一年後の先輩への愛を伝えるの」
「そうか……」
姫子の好きな先輩が来年卒業だ。つまりそれは、島を離れること。
高校に進学する先輩とは別れが、近づいてきている。
そんなとき、俺の甚平の裾を弥生が引っ張る。引っ張ってきたのが弥生だ。
「どうした、弥生?」
「誰かが、向こうでこっちに向かって手を振っている……」
弥生の指した方向に、姫子がみると顔を驚かせていた。
俺も弥生の指した方を見ると、一組の男女が着物を着ていた。
「ああっ、先輩!じゃあね勇太、草薙さんを泣かしたら承知しないから」
姫子は、笑顔を振りまいて慣れない浴衣姿で奥の方に走って行った。
いい香りをふりまいて、俺と弥生で姫子を見送る。
「なんか姫子も、大変そうだな」
「彼女は、痛みをまだ知らない」
ぽつりという弥生に、俺は姫子が合流した三人組を見ていた。
それは、はたから見えると楽しそうな三人組に見えたから。