13
『大七夕』は、一週間続く。
七日の『短冊書』から、『天の川下り』まで七日間が行われる。
一般的には、ただの祭りのようにも見える。だけどクライマックスの『天の川下り』は、毎年姫子と行っていた。
でも、今年はその姫子と行かない初めての『天の川下り』。
本当に、草薙を誘っていいのだろうか。俺はまだ迷っていた。
放課後、俺は草薙の手を取って木が茂る山を登っていた。
「足元、滑るからな」
俺がかける声に、「うん」と相変わらず無表情で草薙は上がっていく。
山道は急な坂道で、大きな石と木々が不規則に転がっていた。
足場が悪い山道を、二人で慎重に歩く。
それは、『天の川下り』の準備のため。
昨日、俺と草薙は帰り際に短冊に願いを書いて笹にくくりつけた。
『短冊書』は、一般的な七夕と同じ。
短冊に願いを書いて笹にくくりつける。
『天の川下り』は、七夕の短冊と思い出の品を乗せる『星舟』を作ること。
『星舟』とは小さな手作りの舟。どんなものでも構わない。
星の形をしなくていいけれど、何かを乗せられるようにする。
薪島のスーパーでも、『星舟』キットなるものが売られているけれど、手作りの方が味あるしな。
二年前も、姫子と何となく作った時はこうやって山に登って、
「ここにもある、小枝」
俺は小枝を何本か拾っていた。それを、草薙に見せていた。
不思議そうな顔で見つめる草薙に、俺はいたずらっぽい笑顔を見せた。
草薙は不思議そうな顔で俺を見ていた。
その視線が恥ずかしいのか俺は前の山を歩き、草薙も軍手に小枝を何本か持って後をついてきた。
「何に使うの?」
「これはな、星舟に敷く木だったり、柵だったりいろいろ使えるんだぜ」
「ふーん」
後ろにいる草薙は、背中越しで俺に声をかけてきた。
でも俺は構わずに、はしゃいで小枝集めを続けていた。
これをやっていると、『大七夕』を参加している気分になれる。俺はこの空気が好きだった。
「明日は麻紐を持ってくるから、余っているペットボトルあったら持ってきてくれないか?」
「何に使うの?」
「ペットボトルは、舟の土台になるから。
小枝が中敷きと柵、簡単だけど俺たちの手作りの『星舟』」
俺の話を、小枝を持ちながら聞いている草薙。
背中にいる草薙を見て、俺はずっと感じていたことを口にした。
「草薙、なんていうか……」
「どうしたの?」
「呼びにくい名前だから、下の名前で呼んでもいいか……」
「弥生よ」
あっけなく、ためらいもなく下の名前を言ってきた草薙。
俺は振り返って、笑顔を作って見せた。草薙は、俺からいつも通りの無表情視線を送ってきた。
「いい名前だな。俺は、勇太っていうんだ。よろしくな。草薙……じゃなくて弥生」
「知っている。沢野さんが志田君のことを、いつも名前で言っているから」
それでも弥生に、自分の名前を言われるとなんだか恥ずかしい。
弥生も、俺のことを見ているんだな。ちょっとだけ俺はうれしかった。
だからこそ、弥生には何かをしてあげたかった。
「や、弥生。『大七夕』の本当の話、知っているか?」
「詳しくは知らないわ」
「教えてやるよ、この山奥にゆかりのものがあるからな」
俺は、弥生の前に出て少し先の道を歩く。弥生には、教えたかった。
俺が見たモノ、俺が知ったモノ、俺が感動したモノを。
「『大七夕』の?」
「一応聞くけど、普通の七夕は知っているよな」
「当り前よ。織姫と彦星がいて、織物をする織姫と、牛ひきの彦星が年に一度だけしか会うことが許されないというものでしょ」
「そう、それが普通の七夕。でも、ここのはもっと凄いんだ」
俺の目の前には、生い茂った藪が広がっていた。
足場の悪い山道を、小さな弥生の手を引いて俺は藪の先の光景を見せた。
それは、俺が見せたかったもの。弥生は藪の中を覗き込んだ。
「ここは……」漏らした弥生の言葉。
古ぼけた石碑が、いくつも無造作に並んでいた。
それは、時が止まったような場所。
草が生い茂り、石碑に絡まる場所。
光が差し込まず、薄暗く寒い場所。
そして、俺がかつて鰹じいに連れられた『大七夕』の忘れられた記録の場所。