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YAYOI(上)  作者: 葉月 優奈
二話:薪島の大七夕
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学校での俺は、姫子の言葉をきっかけに変わった。

草薙の涙を見たあの日、学校で彼女がさらに気になっていた。

そしていつもの昼休みも、やはり変わっていた。

いつも通り俺は弁当を食べていて、その隣には草薙の姿。


「そこ、空いている?」、変わったのはその一言が言えたこと。

いつも数人の生徒しかいない屋上で、食べる草薙を見かけて俺は隣に座った。


俺の弁当はいつも、鰹じいが作ってくれるのり弁当。

ダイナミックな魚の料理は、海の男の不器用な不恰好な弁当。でも、味はお墨付きだ。

箸でつまんだ車エビを、俺は口に入れた。

それをいつも通りの無表情で、草薙が見てきた。


「それは、エビ?」

「ああ。ウチのじいちゃんが昨日、漁で取ってきたヤツだ。じいちゃん、漁師だから」

「おいしそう……」


指をくわえてエビを見ている草薙。俺は、ちょっと戸惑う。

草薙は、なぜか俺の弁当の方に興味があるみたいだ。


「草薙はパン食か?」

「パンが好き。でもごはんも嫌いじゃない」


パンを食べながら、次のパンのビニールを器用に開けていた。

草薙のそばには、パンを包んでいたビニール袋の束がきれいに五つ折りたたまれて置かれていた。


「草薙は、結構食うんだな」

「成長期ですから。それより、いつもいる沢野さんは一緒じゃないの?」

「ああ、姫子か。あいつは単なる腐れ縁。単に、慣れあっているだけだよ」

そんな俺の顔を、草薙はパンを持ったまま興味深そうに見ていた。


「な、なんだよ。恥ずかしいな」

「本当に?」

「ああ、本当だよ。アイツ見た目は美人だけど、口調乱暴だし、性格もきついし、おまけにバカで……

俺がいないと、いつも赤点だぞ。アイツは」

「そう?でも二人とも、随分楽しそうに見えるわ」


言っていた草薙は、寂しそうな目を見せていた。

寂しそうな草薙は、ビニール袋の隣に置いたグレーのテディベアをぼんやりと見る。

俺は頭をボリボリと掻いて、難しい顔を見せていた。


(なんか、気まずい)俺は草薙との空気感に慣れないでいた。

のどかな屋上は、周りの生徒がそれぞれ昼休みを満喫していたにもかかわらず。


「草薙、どうしたんだ?」

「それだけ、沢野さんのことを知っているんでしょ。

私は……目立つ子じゃないから。私には、何もないから」

「それでも、うるさいだけの姫子よりはずっとマシだよ。

だって……草薙といると……」


「えっ、なに?」

「その、心が落ち着くっていうか、和むっていうか……」


(何言っているんだ、俺)

俺は初めから感じた気持ちを言おうとした。

でも言おうとすると、恥ずかしさと切なさがこみ上げてうまく口にできない。


草薙は、じっと俺から目をそむけないで見ていた。

少し寒い空気だけど、その中にどこか心の落ち着きがあった。

俺はそんな草薙を見ながら、屋上から見える笹を指さした。


「昨日から始まったな、『大七夕』」

「そうね。でも、なんなの『大七夕』って?」

「草薙、知らないのか?」

驚きで声が大きくなった俺は、少しだけ得意げな顔を見せた。


「うん」草薙は、力なく頷く。

「なら、一緒に俺と行かないか?俺いろいろ知っているから」

「それって、誘っているの?私のことを」

草薙の目は俺の顔を映し出していた。

パンを食べるのをやめて、手を置いてじっと俺の言葉を待っていた。

なんだろ、なんか胸がムズムズする。


「あ、あたりまえだろ!」草薙を誘っている俺は、なぜか顔を赤くしていた。

「じゃあ、一つ質問します」


無表情な草薙は、そういいながら俺の前に人差し指を一本立てていた。

唐突の質問に、俺は逆に草薙の顔を見ていた。

その仕草がとてもかわいい。


「志田君はなんで、私に優しくしてくれるの?」

「それは、哀れみって言うか……なんていうか……」

上目づかいで見てくる草薙に俺は、頭をフル回転させて言葉を慎重に選ぶ。

だけど適当な言葉が出てこない。

苦し紛れで出た言葉に、草薙はテディベアを置いて俺に視線を浴びせてくる。

なんかすごく恥ずかしく、照れている自分がいた。


「私って、そんなに哀れ?」

「いやぁ、そういうものじゃなくて、俺が落ちつくっていうか……」

「そうよ。私は哀れで、卑怯で、臆病なの」


泣き出しそうな顔で、弥生は深いため息をついてうつむいた。

俺は、不意にうろたえてしまう。


「ち、違う。草薙!」

「どう違うの?私は、人なんか好きになってはいけないの!

父さんも、母さんを……私だって。もしかしたら今なら彼のことを……そんなことダメなのっ!」


感情的に、顔を赤くした草薙は興奮していた。

そんな草薙を見ていると、なんだか守りなくなるじゃないか。

俺は草薙の小さな肩に、両手を添えた。


「草薙、落ち着け。大丈夫だから」

「ごめんなさい、私はあなたにこんなに優しくされるとは思わなかったから」


草薙はゆっくりと俺の手を払ってきた。

そのあとは、草薙は再びパンを一心不乱に食べ始めた。

俺はもう草薙に話しかけることができなかった。


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