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学校の廊下は人気が少ない。
放課後というものは、生徒たちは部活動にいそしむ時間。
俺みたいに部活に入っていなければ、帰る時間。だけどなぜか廊下にいた、いや連れてこさせられた。
この廊下は、特殊教室への連絡通路なのでとても静かだ。
この学校の右側には崖のような山が見えて、崖の合間の木々は緑色で生い茂っていた。
山の中には、大きな赤い鳥居も見えた。
廊下の窓に立ち止まって、カバンを持った姫子はじっと山を見ていた。
俺は、気まずい顔で姫子の隣で窓を眺めていた。二人でいる、沈黙。
「今日から、『大七夕』ね~」
姫子が、山の鳥居を見て声を漏らす。俺も鳥居の方を注目する。
「ああ、そうだな」
俺の声の後、姫子は笑顔で俺の方を向いてきた。
『大七夕』は薪島一番の大きなお祭り。
島の外からも人が集まって、本土だと観光ツアーなんかも訪れるとか。
大きな笹が飾られ、織姫と彦星のオブジェが島のあちこちに出没する。
もちろん俺も『大七夕』は好きだ。
「ねえ、今年は『大七夕』一緒に行けないかも」
「ああ、先輩と行くんだろ。前にも、言っていたからな」
「先輩にとって最後の『天の川下り』は、特別だから」
顔を赤らめていた姫子は、やっぱり女の子だ。
普段は強気な姫子が、急にしおらしく見えた。
もじもじしている姫子が、何となくかわいく見えるから不思議だ。
「で、それより勇太、アンタよ!」
「ああっ、だから草薙とは……」
「そうかぁ~、草薙さんかぁ」
すぐさま勝ち誇った顔に変わった姫子は、俺を見ていた。
しまったと思った俺は、おもわず口を抑えた。
「な、なんだよ……」
「やっぱり気になっていたんだぁ~、草薙さん。
先頭の席にいる草薙さんを見ているときも勇太の目が少し違うしね」
すると逆に姫子は俺の肩に手を乗せてきた。ばれたのが居心地悪いのか、俺はうつむいていた。
「頑張りなさいよ、少年」
「おい、姫子。どういうことだよ?」
「勇太は、ずっと彼女できなかったから。女の子ともあまり話さないし……よかった」
姫子の顔はどこか安堵の表情を見せていた。
俺は草薙の顔が頭に浮かんでしまうと、急に顔が赤くなってしまう。
「姫子、俺はそんな関係じゃない。ただ、弥生の笑顔を見たいだけだ!」
「あらあら~、笑顔を見たいっていいじゃない。あたしはね、恋するアンタを応援するわよ。
もう決めたのよ、感謝しなさい。あたしが協力すれば百億人力よ」
「姫子……おい」
俺は困った顔を見せた。でも姫子は、俺の手を握って満面の笑みを浮かべていた。
「勇太、いい事を言ってあげるわ。
恋愛の前では人は無力なのよ。本能的になって、熱く苦しくなるの」
「えっと……つまり、どういうことだよ?」
「とりあえず草薙さんをまずは『大七夕』に誘いなさい。どんな手を使ってもいいから。
二人で『星舟』を一緒に作るのよ、いいわね。草薙さんとの時間をとにかく多く作るの。
あなたの本能がきっとそれを望んでいるわ」
姫子の言葉に、なんとなくそんな気になっていた。
胸に手を当てて考えると、俺は姫子の言葉が理解できた。
確かに、草薙ともっと話がしたい、知りたい、草薙の感情を多く見たいと思えた。
でもまだ好きと言えるほどの確信はない。ただ草薙が気になるだけの存在。
いや、もっと自分の知らないところで草薙を求めているのかもしれない。
「押して、押してまた押して、とにかく男の子は押すのが大事なんだから。
結局、恋愛は肉食じゃないとうまく行かないんだからねっ」
「なんで、そこまで言ってくるんだ姫子……」
「いいじゃない。共同作業ならお互いの距離も近づくわよ。って、忘れていたわ!」
そういうと、姫子は何かを思い出したらしく俺から離れていく。
「あたし、先輩と『星舟』を作るために用意していたんだっけ。またね、恋する少年」
「お、おい姫子!」
でも、姫子はダッシュして走って逃げていた。
その顔は本当にうれしそうな顔だった。俺は姫子を呆然としたまま見送っていた。