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小さな島の中学校は、緊張感と解放感に包まれていた。
放課後を迎え、教室の中はあることで話題が持ちきり。
半そでシャツに黒ズボンの俺は、カバンにせっせと荷物を積み込む。
男子の中で背が低く、ありえない角度にはねた短髪の俺は教室にいた。
俺の名は、『志田 勇太』。薪島中の二年生だ。
「勇太、あんたに今日はつき合ってあげるわよ、期末試験の勉強」
そう、俺の後ろからやかましい程の甲高い声が聞こえてきた。
「なんだ、姫子か」
「なんだとは何よ」
そこには長いカールがかかった髪をかきあげた、セーラー服姿の女が腕を組んで仁王立ち。
胸を張って、鋭い目つきで俺を見下していた。
彼女の名は、『沢野 姫子』。性格のきつい、俺の幼なじみ。
俺が唯一まともに話せる女友達だ。
「この超絶美少女にして、クラス一の美少女の姫子様が、一緒に勉強をしてあげるっていうのよ。
ありがたいと思いなさいよ!」
「はいはい、とにかく俺と勉強したいんだろ、分かったから」
相変わらず、挑発的な姫子の相手は面倒だ。
いい香りがする姫子は、確かにクラス一の美女と言ってもいいだろう。
でもテストの点の低さも、クラス一といってもいい。つまりは、
「馬鹿だから、教えてほしいって素直に言えば……」
「うるさいっ!あたしは、馬鹿じゃないの。ただ単に、努力したくないだけよ!
それより、さっさと勇太のノート見せなさい!」
まくし立てる姫子にカバンを背負った俺は、大きくため息をついた。
「はあっ、面倒な奴だ。とにかく……」
姫子を背にした俺は、前の方で光景が偶然目にとまった。
それは、少し前にいる女子四人組の光景。
正しくは三人と、一人という構図で別れている。
「はい。今日も草薙さんお願いね」
「草薙さんは、一人でお掃除が好きでしょ。明日も試験だし、あたしたち勉強しないとね」
「おねがいするわ、草薙さん」
三人の女子が持っている箒を、目の前の気弱そうな女子に無理矢理渡していた。
「後、よろしくね~」
そして箒を強引に渡した三人の女子は、そのまま笑顔で教室を出て行った。
一人取り残された長い髪の女子は、黙々と箒を手に掃除を始める。
俺は、その光景をぼんやりと見ていた。
「あれ、加奈子たちの班じゃない。今日は、掃除当番なんだ」
「そうみたい、だな」
姫子が言っていた、加奈子は三人組のリーダーっぽい女子だ。
姫子と同じく大きな女で、バレー部に属しているらしい。
このクラスは、五班に分かれている。
それぞれ、班ごとでクラスでの仕事が割り当てられていた。
掃除当番、給食当番、ホームルーム当番などなど。
その役割を、週ごとに五つの班がローテーション組んで消化する。
俺は不運にも姫子と同じ班。今週は、幸い当番になっていないけれど。
だけど、俺が気にしているのはそいつじゃなかった。
一人で箒を四本持たされて、淡々と片づけを始めた大人しそうな女子。
「なあ、あいつって……」
「『草薙 弥生』ね、あの子よくわからないのよ。
クラスでもあまりしゃべらないし、存在感薄いし。本土出身ってこと以外、謎が多いのよ。
ねっ、勇太はもしかして草薙さんの事、気になるの」
すると、俺の方に顔を近づけてきた姫子。香水の香りがするが、俺は顔をそむけて前を歩く。
「何を言っているんだよ、姫子……なんか、可哀そうだなって。
なんか、妙に気になるんだよ。アイツ、何が楽しいのかなって」
「うわ~、優しい~。あたしには、そんなこと言わないくせに」
「うるせえ、行くぞ!」声を荒げて、俺は教室を後にした。
「待ちなさいよ!」などと、後ろからやかましい姫子を引き連れていた。