1、鶏と不合格魔女
「なんで。なんでなんでなんで」
今日は快晴、春のうららかな午後。鳥がぴーちくぱーちくさえずる、穏やかな日。
「私が卒業試験不合格なのよぉ―――っ!?」
今世紀最高の魔女、落第。
「イ、イスタシア・ラカ。落ち着きなさい」
「落ちつけるかっ」
ぎぃっと殺意を込めてあろうことか不合格証書を渡した教師を睨む。
う、とたじろいでアワアワとする教師に、あらん限りの文句をあたしは浴びせかけた。
「ターゲット、あいつ意味分かんないわよ!なんもしない、外見軽そーなのに、女遊びもしない、ただ警備隊の仕事してるだけだし!男が好きなのかと思ってせっかく用意してあげた奴は勝手に追い出すし!どういうこと!?」
「いや、最後のはイスタシアが」
「黙れぇ!」
「あっさり嵌りそうな人間にしたんだけど…」
「どこが!」
首を不思議そうにひねる今世紀最低の駄目教師。
いっそそのまま首を一回転させようかと本気で考える。
魔女院の端っこも端っこ、「特別室」と書かれた家にこの教師と共同で生活しているレイチェリードは、普通に考えれば首席卒業となるはずだった。
というか院側も、さっさとあたしには卒業して欲しいはずなのだ。
「主席は卒業試験免除とかしたらよかったじゃない!」
「いや、上がそうは言わないから」
「お偉い方なんてしようと思えばあっという間に潰せるのにねー」
ふてくされて使い慣れた茶色い机の上に足をのせて倒れこんだ。
行儀悪い、とかなんとか言われても知ったこっちゃない。
「あたしの管轄のところはどうなるのよ。もう来年からって決まってたじゃない」
「保留、かなぁ」
……。…せめて、不合格にさせたアイツをどうにかしたい。うん。
…あ、良い事思いついた。
急に黙ってニコニコと教師を見上げたあたしから気味が悪そうにとととっと距離をとるヤツをがっしりとつかむ。
「あ、私のペットをっ」
「あんたのものは私のもの。私のものはもちろん私のものよ」
「どこの暴君?」
「うるさい」
「コケーッ」
可愛かったひよこからいまや立派な食べごろへと成長した鶏の足に片手で書いた文書をくるくると巻きつける。
「鶏は空を飛べません!」
「あたしが初めて空を飛べる鶏にしてあげるわよ。感謝しなさい、珍獣よ、珍獣。ただの鶏が珍獣になるのよ?自慢できるペットにようやくなったじゃない」
「コケーッコケッ」
「アンタも抗議しないのよ」
「コッケーッ」
ばさばさと羽を羽ばたかせて抵抗する鶏のくちばしに、つ、と人差し指を置いた。
「…そういえば、アンタ最近太ってきたんじゃない?携帯食の代わりに連れていってあげてもいいわ」
「……」
なでなで。
「た・べ・て・あ・げ・るっ」
身の危険を完治したらしい。ようやくおとなしくなった(すこしぶるぶるしてる)にしっかりと紐を巻き付け、ぽんっ叩いた。
「行き先は魔女院上層塔教育委員会」
「こけー…」
行きたくない、これやだ、とウルウルしている瞳をじっとみて、あまぁく笑う。
「これで痩せたら、食べたくなくなるかもなー」
「コケーッ!」
一目散に窓から飛んでいった鶏にバイバイと手をふった。
「何を考えてるんですか?」
「え?」
にこ、にこ。…にやり。
「ちょっといいこと、よ」
「外道ですね」
「なんとでもいいなさい」
今日は快晴、草も柔らかに揺れる春の午後。
「あれ、なんかとんでるー」「ほんとだ」「なにあれー?」
「「「…にわとり?」」」
「こーけこっこぉー…」
鳥がぴーちくぱーちくさえずる、穏やかな日。