(4)~三十路男の大ハッスル~
帰りの車内では、瑛花は終始不機嫌そうに押し黙っていた。
時臣も声をかけられず無言。
そして二人は、武蔵玉川市の南端地域・玉川南新町にある自宅マンションへと帰っていた。
ザーッというシャワーの水音が、時臣の耳に蠱惑的に響いてくる。
現在、二人は夕食を済ませ、夜のくつろぎタイムへと入っていた。とはいっても、未だ不機嫌そうな瑛花は「お風呂入ります」と告げてバスルームに居る。
二人の間では、一番風呂は瑛花と決まっていた。「あなたの後に入るのはちょっと……」と瑛花が最初に言ったからでもあるし、時臣の方からも「瑛花さんが先に入る方が断然いい」と主張したためでもある。
若干12歳ながら、瑛花は家事全般をそつなくこなせる。当然食事も基本的には瑛花の手料理だ。なにしろ時臣は家事はからっきしダメ。独り暮らしだった頃は、コンビニ弁当が常だった。
こうなってくると、二人の関係は自然と瑛花が主導権を握る形となってくる。食を制する者が強いのは当然なのだ。事実、時臣は瑛花に頭が上がらない。というよりも、ぶっちゃけ尻に敷かれているのだった。そしてそれは、彼にとって最大に望む在り方でもあった。
───年下の女のコに尻に敷かれたい。叱られたい。甘えたい。
思春期に入る頃から、長年そう願ってきたのだ。その夢が───いやさ心願が、20年以上の時を経てようやく現実のものとして自分の手許にある。これを幸福と言わずに何であると言うのか。
それはさておき、今の時臣は脱衣場にいた。
曇りガラス戸の向こうには、一糸纏わぬ瑛花がいる。それを覗こうとしているのか?
答えは否。
瑛花と同居を始めてそろそ半年になるが、入浴シーンを覗き見したことはたった一度きり。すぐさまバレて、その後二日間に渡って一言も口をきいてもらえなかったため、覗きは二度としないことにしている。───ちなみに、その時は泣きながら土下座を2時間し続けてようやく許してもらった。
今、彼がここにいるのはさらに高尚な───と本人は考えている───とある極秘作戦の為であった。
足音をたてないよう慎重に歩を進め、洗濯機に辿り着く。そっと蓋を開けると、中には瑛花の下着類が入っていた。先程まで瑛花が身に着けていたパンツとブラジャー。それがお目当ての品だ。
慎重に慎重を重ね、ゆっくりとそれらを取り上げる。薄いピンク地にレースとリボンが装飾された上下お揃いのパンツとブラ。これは時臣が瑛花にプレゼントした数々の下着類のひとつだった。
かわいく愛しい幼き婚約者に、自分好みの下着を着けて欲しい───それは男子たる者として当然のこと。そういう信念の下で、瑛花が下着を買いに行く時は必ず同行している。時には内緒で買っておき、何かの記念として渡しているのだった。
(ぬふふ♡)
右手にパンツ、左手にブラを持つと、にんまりほくそ笑む。そして徐ろに、パンツを口に含んだ。
「もぐもぐ……」
ああ───変態である。
被るならまだしも、口で味わっているのだ。それも恍惚の表情で。
「……ふむ。一昨日より少し味が濃くなってるな。───あ、もうすぐ生理か。ぬふふ♡」
独り言ちるその様は、とにかく変態。それ以外の何者でもなかった。
瀬上時臣という男は、女のコの衣類フェチである。
パンツやブラに留まらず、ソックスだろうがブラウスだろうがスカートだろうが、女のコの衣類は彼の大好物。新品だって、それが女物であれば布地の匂いを嗅ぐだけでハァハァしてしまう類のフェチ。それが今、愛する瑛花の着ていたものを手にしているのだ。
これはもう、歯止めなど利きようはずもない。
パンツを甘噛みしながら舌で丹念に舐めあげつつ、時臣は予め用意しておいた全く同じパンツとブラを洗濯機の中に放り込んだ。これは新品である。洗濯物の中から自分の下着が無くなっていたり、または歯型らしき跡や妙に唾液っぽいものの跡が残っていたら、瑛花は何が起こったのか即座に察するだろう。そうなると、とてもよろしくない事態に発展してしまう。なので、それを回避しつつ、使用済みのものを確実に入手するための偽装工作。
彼がやっていることは、つまり、瑛花の使用済み下着を延々手に入れるという、名状し難い変態作戦なのだ。
ひとしきりパンツを堪能した後、今度はブラを味わいにかかる。
こんな行為はそれこそ隠れてやればいい、と思われるかも知れない。
しかし時臣にとっては鮮度こそ最重要。場所を移すまでに時間がかかった分だけ、瑛花成分が薄れてしまう。そんなもったいないこと許されようか。いやいや、そんなオカルトありえません。つまりはそういうことだ。
加えて瑛花は入浴時間が長い。これは半年に及ぶ同居生活の結果、確実な話であった。
よってこの脱衣場でなるべく新鮮な瑛花成分を堪能することがベストである───ということなのだ。
「あ~♡ 瑛花さん……♡」
小振りなカップのブラをもぐもぐしながら、先程まで味わっていたパンツに頬擦りする。
「瑛花さん瑛花さん瑛花さん…♡」
一方、バスルームでは長い髪と身体を洗い終えた瑛花が、その幼さが残る肢体を浴槽に沈めていた。
お湯は無色透明。何かしら入浴剤を混ぜたいと瑛花は思っているが、時臣が断固反対するのだ。理由は不明。問い詰めれば明かすだろうが、敢えて追及もしていない。
───まあ身体が温まればそれでいっか。
そう思うことにしている。
「ふぅ……」
肩まで湯に漬かり吐息を漏らしながら天井を見上げる。
(───今日は失敗したなぁ)
額にかかる前髪を後ろに撫でつけながら、そう振り返っていた。
(まさかあんなこと言われるなんて……。急にどうしたんだろ、お父さん。今まではあんなことなかったのに。あぁ~。でもわたしも大人げなかったな。あそこは軽く受け流すくらいじゃないといけなかったんだろうな……きっと。でも、そもそも時臣さんが止めてくれればよかったのに。もう…肝心な時に頼りないんだから。わたしのこと引き留めて、窘めるくらいできないのかしら? …ってムリか、な。わたしの言いなりだもんね、あのヒト。わたしに一目惚れして、わたしのことが好きで好きでどうしようもなくって、嫌われたくない一心で言いなりで、優しくて、甘い。そのクセ甘えてくるんだから……)
黙考しつつ、ふと、自分の慎ましい胸に視線を落とす。
お湯に火照ったなだらかな双丘に手を当ててみる。ふにょんという感触。クラスの女子の中では平均より少し小振りな自分の胸。敢えて口には出さないし、そんな素振りを見せたこともないが、結構気にしていた。発育が遅い、と。
(やっぱり…もうちょっと大きくなってもいいと思うのよね。女の子なんだし)
ひとしきり胸をまさぐってから、ハッとして首を振った。
(なにやってんだろ。すぐに大きくなるわけないじゃないッ)
顔を赤らめて、立ち上がる。
「あー、もう出よっ」
パジャマに着替え、髪をタオルで拭きながらリビングに戻った瑛花は、ふとした違和感を覚えた。
普段なら忠犬ハチ公のように自分の湯上がりを待っている時臣が居ないのだ。「湯上がり瑛花さんほかほかいい匂い~♡」などと言って、抱きついてくるはずなのに。
そうしたスキンシップ───瑛花にしてみればセクハラ紛い───は、日常茶飯事だった。同居したての頃はその都度、頬を引っ叩いたりグーでぶん殴ったりしていたが、最近はある程度なら許すようになった。引っ叩こうが殴ろうが、実は時臣は悦んでいるのが解ったのと、構ってやらないとウジウジいじけるのが鬱陶しいからだ。
そんなセクハラ大好きな時臣が、何処にも居ない。
訝しんで視線を巡らすと、ベランダに続くガラス戸のカーテンが開いていて、その向こうにほのかな赤い光が見えた。
「……まったくもう」
はぁ~っと溜息ひとつ。
状況を察した瑛花はすたすたとベランダに向かった。
「ぬふふふふ~ん♪ ぬふふふふ~ん♪」
ベランダには案の定、タバコを喫っている時臣が居た。何故か上機嫌で、紫煙を燻らせながら鼻歌混じり。その背に向けて、
「時臣さん」
静かに声をかける。
即座に反応。時臣はくるりと振り向き、「ほかえり、瑛花さん♡」と言ってきた。自分の頬を指差して、
「お風呂上がりのちゅー♡は?」
「そんなのありません」
「そっか」
顔を別の方向へ向けて、ふーっと紫煙を吐き出した。
瑛花は腰に手を当て、そのニヤけ面をジト目で睨む。
「タバコ、まだ止められないんですか」
「あ…ははは。こればっかりは、ねぇ?」
「カラダに悪いから止めてくださいって、わたし何度言いましたっけ?」
「いやいやいや……あははは」
「あなた、わたしの言うことなんでもきくって言いましたよね?」
「いやいやいやいや……こればっかりはなんともかんとも」
「まったくもう…」
嘆息混じりに隣に並ぼうとすると、
「…っといけない。俺もお風呂入っちゃうねっ」
何故かそそくさと携帯灰皿に喫いかけのタバコを押しつけ、横をすり抜けて行った。
その背を目で追いつつ、瑛花は深く溜息をつく。
「ホント…しょうがないヒト」
───さて。
時臣にとって一日の内で最もエキサイティングなシーンがやってきた。
素っ裸でバスルームに仁王立ち。その手にはコップとタッパー2個、そしてピンセットがあった。ちなみにナニは年甲斐もなくビンビンである。
めちゃくちゃ真剣な面持ちで浴槽の傍に屈むと、持っていたものを縁にそっと置く。数瞬じ…っとお湯を凝視。
そして徐ろにお湯をコップになみなみと掬い上げるや、何の躊躇いもなく一気に飲み干した。
「……ぷはっ。美味いッ」
瑛花の残り湯。
それは彼にとって至高飲み物のひとつなのだ。
さらに何杯かおかわりをして、恍惚の笑みを浮かべた。
「瑛花さんエキスが染み込んだ残り湯サイコー!」
天井を仰ぎ見て小さく叫ぶ。
その後、再び浴槽の中に目を凝らす。何かを探すように視線はあちこちを彷徨い、右手にはいつの間にやらピンセットがあった。
「発見ッ」
言うが早いか右手をお湯に突っ込み、素早く取り上げる。
ピンセットの先には、淡い縮れ毛が1本掴まれていた。
「瑛花さんの大人毛ゲット!」
嬉しそうにそう言い放ち、これまた躊躇いもなく口に放り込む。
しばらく舌の上で転がすようにじっくり味わってから飲み下した。
「瑛花さん♡ なんて美味しい……」
それから眼を爛々と輝かせ、湯の中の抜け毛取りに没頭。淡い大人毛4本と、長い髪の毛6本を収穫した。それらはすぐには食べずに、種類ごとに別のタッパーに仕舞っていく。2個持ち込んでいるのはこのためだった。
「ぬっふふふっふ~ん♪」
上機嫌になって目を瞑った。やおら顔面をお湯に突っ込む。
そのまま直接残り湯をごくごく飲みだした。
たっぷり堪能すると顔を引き揚げ、額に垂れた前髪を掻き上げる。
「さて、と。お次は……」
今度は視線を排水口にロックオン。ピンセット片手ににじり寄り、蓋を取り上げた。
そこにはやはり長い髪の毛が何本も絡みついている。丹念に1本ずつ外していき、頭髪用のタッパーに仕舞い込む。
全ての毛髪を回収し終えると、額ににじんだ汗を手の甲で一拭き。
これで変態行為もお終いだろうか───?
───甘い。
ここまででもまあ充分に変態なのだが、瀬上時臣という男には更なる任務が───漢の使命があるのだ。
そのいやらしくも破廉恥な視線が、お次はアクリル製の黄色いバスチェアに向かう。
「瑛花さんの可憐なお尻が座ってた───ゴクリッ」
這い寄るや両手に掲げ持ち、その座部表面を舌でベロンベロン舐め回し始めた。鼻息も荒々しく、だらしなく突き出された舌の動きは雄々しさ満点。アレの方も呼応するようにビクンビクンと脈打っている始末。
「ハァハァ…おいちぃよぉ~♡ おいちぃお~瑛花さ~ん♡」
4~5分程隅々まで舐め回した後、時臣はフ…っと何かを決意したような真剣な眼つきになった。
まじまじとバスチェアを眺める。その座部には水抜き用の穴が空けれられていた。直径は、そこそこある。
穴の大きさに、問題は、ない。
「瑛花さん……」
静かに呟き、そっと瞼を閉じた。
その脳裏には以前一度だけ覗いた時の、瑛花の初々しい裸身が浮かんでいる。
「……ふくらみかけおっぱい……かわいいおへそ……眩しいふともも……キュッとしたお尻……きゃわゆいアソコ……」
バスチェアを胸に抱いて上体を反らす。アレがビクビクと強く脈打ちを繰り返している。
しばらくそうしていて、やおらカッと眼を見開いた。
「い、いいよね? 最近全然してないし……」
本人の名誉───そんなものがあればだが───の為に添えておくと、瑛花と同居を始めて約半年。その間、彼女が留守の隙をついて、何度か『処理』はしていた。三十路といえば、まだまだ働き盛りの男盛り。色々とアレがナニなのだ。
本来ならばかわいい同居人にして婚約者に『手伝って』欲しいトコロである。なにぶん相手はまだ12歳。思春期でしかも好奇心も旺盛なお年頃だから、何とか言い包めてしまえば、『本番』までとはいかなくとも、ナニかしらの『ヘルプ』をしてもらえる可能性はなくもない。
だが、ほっぺにちゅーはしてくれても、それ以上の行為は基本NG。瑛花は賢いコなので、言い包めることも難しい。無理強いしたりして口をきいてもらえなくなったり、最悪嫌われたりしたら本も子もない。
更に、時臣本人がとにかく瑛花を非常に大事に想っている。べた惚れで、首っ丈なのだ。ロリコンと言われればそれまでだが、ロリコンであるが故にまだまだ子供な彼女を下手に傷つけるようなマネはしたりしない。20歳年上のオトコとして、瑛花には真っ直ぐに成長して欲しい───心からそう願っている。
まあ、おっぱいは今のままでいい。というか、これ以上の発育は望んでいない。ダメ、ゼッタイ。
そういう訳で『処理』は自前で行っていたのだが、ある時を境に今日この日まで一切ヤっていなかった。
───瑛花にバレた。
今の瀬上宅の家事全般を一手に引き受けているのは瑛花だ。ゴミ捨て程度は時臣もするが、部屋の掃除は瑛花任せだった。それが災いしたのだ。
念には念を入れて隠しておいたエッチな写真集やらDVD、そしてゴミ箱にうっかり放置してしまっていたイカ臭い丸めたティッシュの塊。それらを発見され、どういうことを行っていたのか洗いざらい事細かに白状させられたのだ。
全てを聞き終えた瑛花は、顔を真っ赤にして一言。
「これは浮気です」
今回だけは大目に見るが、次にこんなことをしたら即刻別れて二度と会わない。
そう宣告されていたのだ。
なのでここしばらく、時臣は『処理』を一切行っていない。それだけならまだしも、かわいい幼婚約者が同居しているのだ。悶々としない訳がなく、かといって瑛花の言いつけを裏切れず───そう、溜まりに溜まっているのだ。実はもう決壊寸前。
ゴクリ…と喉を鳴らす。
視線はバスチェアの穴に吸い寄せられ、脳裏には瑛花のあらわな肢体。
「い…いいよね? ひ、必要なコトなんだし。それに浮気じゃないし。そそそ、そうだ。これは浮気じゃない浮気じゃない浮気じゃない浮気じゃない浮気じゃない───」
ブツブツ呟き、そして激しく自己主張しているアレとバスチェアを交互に見やる。
「───瑛花さんッ」
バスルームの曇りガラス戸が少し開かれた。その隙間からおずおずといった調子で、
「あの…時臣さん?」
瑛花の声が小さく響く。
「ずいぶん長いですけど……大丈夫ですか?」
「…………あー。大丈夫だよぉ」
浴槽の中で妙にツヤツヤとした顔の時臣が、ふやけたような様子で応えた。
「心配してくれてありがと。もうあがるから」
「そうですか? ならいいんですけど」
戸を閉めながら、瑛花の声が少し硬くなった。
「ん…あとでちょっとお話があります」
「はいは~い」
脱力気味に返事をした時臣は、ぬふふ♡っとニヤけた。