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ナイトメア  作者: 桂まゆ
6/9

狂気

 尻尾は、掴んだ。

 後は、たぐり寄せれば良い。




 「疲れましたから」と、北上に今日の報告書を押しつけ、僕は帰路についた。

 本当の理由は明日の朝、北上が報告書を提出する前に、どうしても確認したい事があったからだ。

 どうしても。

 たぐり寄せた先にあいつが居ることを、今日中に確認しておきたかった。

 室長宛てに郵送した封書が、誰かの目に止まる前に。そして、僕の天使が目覚める前に。

 どうしても、「ナイトメア」に会っておきたかったのだ。

 PCを起動し、検索ワードを入力する。

 「『INC』を熱く語る」だったかな。

 出てきた検索リストの中から、ひとつを選び、ざっとログを見て、HN「あーや」の相談内容を確認し、間違っていない事を確認した。

 アカウント登録が必須な、非公式ファンサイト。

 こっそりとグッズ販売オークションが行われていたり、普通におしゃべりを楽しんだり。

 そこで、様々な情報を仕入れるのが、彩乃の日課だった。

 この中にナイトメアの宿主が居ると、僕は推測した。理由は「眠り姫症候群」患者の年代が「INC」のファン層と同時に「ネット異存症候群」に重なったからだ。

 だから、彩乃が入り浸っていたこのサイトにあたりを付けてみた。だが、場所が場所。不特定多数が意見を吐き出す場所で、「ナイトメア」の宿主を捜すには、もう相手が喰いついて来る可能性を、信じるしかない。

 危険かもしれないし、杞憂かもしれない。そう思いながら、僕はアカウント登録を終えて入力フォームに文字を入力する。送信ボタンをクリック。

『白兎:お邪魔します。初心者の質問なんですけど、羽曳野 塁くんのイメージカラーって、何で赤なのか。知っている人、教えてください』

 過去ログを見れば、絶対に解る筈の内容を書き込む。

 案の定、「常連」を名乗る者から「こちら、どうぞ」と、過去ログにリンクを貼られた返信が入る。

 リンクを辿れば、「ヒーロー色だから。塁くんって昔、某ヒーロー番組に子役で出演した事もあるから、ヒーロー好きなんです」とか「情熱系だからって某雑誌のコメントにありましたよ♪」などの情報。だが、僕は勿論こんな情報が欲しかったわけではない。

 ログが流れる前にと、次の質問を考えている間に。

『外道さん:羽曳野の赤は、人間の血の色なんですよ。ちなみにリーダーの色は黒ですが、あれは本当は闇の色で、神室坂の黄色は狂気の色、楢崎の青は死の色ってとこかな』

 えらくまた、ディープなのを釣り上げてしまったものだ。苦笑しながらブラウザメニューで「戻る」と、新たなレスが増えていた。

『黒夢:ルール違反。>外道さん、ここは「INC」を楽しく語り合う場所ですよ。ちゃんと利用規約を読んでください。ところで、白兎さんって知ってる人かな?』

 かかった。

 質問板にちょこちょこと顔を出す、「黒夢」という人物。

 そのHNは「まんますぎる」気がしたが、釣って見る価値はあるだろうと思った。そして「黒夢」は、やはり「白兎」に食い付いてきた。

『白兎:常連さん、外道さん、ありがとうございました。賢くなりまました。黒夢さん。どこかでお会いしましたかね?(;^_^A』

 ざわりと、気配が変わるのを感じた。やつが、一歩、僕に近づいたのだ。

『黒夢:>白兎さん。かくれんぼって、知ってますか? 昔、自分はよくやっていたんですけど』

『黒夢:自分がオニだったんですけど。どうしても相手が見つからないんですよ。何処に隠れているか、知りませんか?』

『黒夢:知りませんか? ずっと眠ったままだった男の子なんですけど』

 まるで、ストーカーのように。「黒夢」は僕の記事を伸ばして行く。

『とっこ:なにこれ? キチ○イ? 白兎さん、逃げてw』

『りく:運営に報告済み。スルーの方向で』

 勿論、僕はいっさい返信をしていない。見ている者には、僕が完全に引いているように見えただろう。

『黒夢:>白兎さん。今、起きていますか?』

『黒夢:白兎さんは……自分の親友ですか?』

 また、ざわりと闇が近づく。

『黒夢:もういいかい?』

 だから、僕は一言、返信した。

 返信キーを押し、掲示板に戻る。

 その時には、運営の手によって親記事が削除されていたため、僕の返信を見たのはごくごく一部の人間だけだろう。

 抜け落ちた、記事番号。それが親記事削除の目に見える証だ。何故かおかしくなってきた。

 ストーカーのように、書き込みを続けていた「黒夢」。興味深くなりゆきを見ていた人。運営に報告した人。そして、僕の最後の答え。

 それらが、一瞬で消えた。消された。無いものとなった。

 それはまるで。「悪夢」を「なかった事」にする為に奔走する、僕らがやっている事と同じ。

 積もり積もったストレスに外的な力を加え消し去り、精神の正常化を誘導する。「夢喰らい」の仕事と同じ。

 これは正しい事なのだと。望んでこの仕事についたのだと。疑った事はなかった。

 それでも、僕は。

 答えてしまったのだ。

『白兎:もういいよ』

 その文字を、僕は見る事がなかった。僕が見たのは「記事番号○○○○に返信しました」というメッセージだけ。

 それでも、何人かは見た筈だ。

 「あいつ」も見た筈だ。だから、ほら、また闇が近づく。



(もういいかい?)

(まーだだだよ)

 くすくすと笑いあう、子供たち。

 目を瞑っているのは、女の子。隠れ場所を探しているのは、僕。

(もういいかーい)

(まーだだよ)

 いつまでたっても、僕は「もういいよ」と言わない。

 今のうちに、逃げるのだ。そうすれば、あの人が助けてくれるから。

 ほら、もう彼女の後ろにいる。だったらもう、大丈夫。

(もう、いいかい?)

「もういいよ」

 これで、おしまい。

 顔を上げた女の子は、あの人に食べられるんだ。

 だから……。

「みいつけた」

 いつの間にかうたた寝をしていたらしい。僕の耳元で、何かが囁いた。

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