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ナイトメア  作者: 桂まゆ
2/9

夢喰らい

 僕たちは、毎晩夢を見る。

 覚えているのはその一部のみだが、必ず夢を見ているらしい。

 そもそも、何故僕らは夢を見るのだろう。

 ある人は「一日の間に収集した膨大な情報を、脳が整理する為に必要な行為だ」と語る。

 僕らは常に膨大な情報を受け止めている。それを、一瞬で処理するという、とんでもない能力だって授かっている。

 車両で高速移動中に道路標識を見落とさないなどという些細な――もっと優れた動体視力能力を持つ動物は多い――ものから、突然現れたクレーマーの表情を読み取って、先手を打って怒りを静める努力をするという、複雑なものまで。多種多様に対応出来るのが人間だ。

 だが、高速道路の入り口から何キロメートル離れたどの位置にどのような標識が置かれていたのかとか、今日のクレーマーはどのような服を着ていたのか、などという情報は、記憶として蓄積するに値しない。無論、データとして残しておく事もあるのだが。

 些細な情報まで蓄積してしまったら、脳内のデータベースはすぐに容量を超えてしまうだろう。

 だから、眠っている間にそれらを整理する。それは、ごく浅い眠りの時に行われ、だから夢にその片鱗が描かれると言うのだ。

 深い眠りで身体を癒し、浅い眠りの間に脳を活性化させる。

 なるほど、人間の身体というものは上手に出来ている。

 眠るという行動は、とても大切な生理現象だ。昔の人にとっては、更に顕著だったのだろう。

 身体を休める、眠り。そして、不思議な世界に誘う、夢。

 夢にまつわる故事はとても多いし、夜に見る夢をとても大切に思っていた筈だ。


 思いつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを


 有名すぎる、和歌。

 誰かを本気で好きになると、「夢」を渡って愛する人の元に向かうっていう言い伝えがあってこその歌だ。

 あなたの事を思って眠れば、あなたの夢を見ました。それほどにあなたも私の事を慕ってくださっているのですね。夢だと気づいていたら、覚めなかったものを。

 という意味なのだが。

 あえて言う。これらはどうでも良い話のようで、実はそうでもない。

 そう。

 今の僕にとって、この和歌はいわゆる「宿題」なのだから。

 どんなに願っても、覚めない夢はない。

 それなのに……。


(お前も、同じ。守る者)

(力を貸せ。お前を必要としている者に)

 そう言って、手を差し伸べた。僕の天使。

 どきんとするほど綺麗な笑顔で、僕の手を取ってくれた。美しくて、そして無慈悲な天使。

(お前の力が、必要なんだ)

 僕は、その白い手を取った。あれは、遠い夢。



「おっつかれー」

 そう言って、白い腕がジョッキを持ち上げる。

 彼女は、「ジェシカ」。彼女を知る人にそう呼ばれているし、僕もそう呼んでいる。

 まぁ、日本人にしか見えないからよっぽど変な当て字がない限り、あだ名なのだろうと思ってはいる。

 職場では「小林明子」と名乗っている。これは、あきらかな偽名だ。

 ちなみに、僕は「斉藤雄助」と名乗っているが、これも偽名。

 「通り名」と呼んだ方が良いのかもしれない。

 「同じ部署に、同姓の者が居るのはややこしい」「難読な姓名はストレスを与える」そんな理由で、僕らはある一定の基準を満たした「通り名」を使う事に決まっているのだ。

 その基準とは、「中途半端にありがち」。

 どこにでも転がっていそうだが、同じ名前の者が特定の部署に居てはならないという、とても厳しい基準である。

 僕の場合、提出した名前は四度「却下」を喰らった。

 「中途半端にありがち」。恐るべし。

 そもそも、僕らがこんな「通り名」を使わなければならなくなった理由は、「ストレス防止法」のせいだ。解りやすく説明すれば、公僕は、市民のストレスを増やしてはならない、という法律である。

 極端に言えば、同姓の者が同じ部署に居たり、難読な漢字の者が居たりするのも、名札を下げた僕らを見る市民にとっては「ストレス」になるわけで……。

 その「ストレス」から来る病を癒す為に活動している僕らが無意味に相手に「ストレス」を与えるのはどうだろう? やはり、まずいだろうと、そんな理由からその法案が通った。

 そのせいで、僕らがどれほどのストレスを受け入れているのか……まあ、耐えられるから耐えてるけどさ。

「お疲れです」

 僕が、ぼそっと答える。

「なーに、しけたツラしてんだ。雄助。今日は私が奢るって言ってるのに」

「どうしても?」

 と、僕が言う。

「なによ」

「どうしても、僕がひとりでやるんですか?」

 きっと僕は、すがるような目をしていたのだと思う。

 僕の天使。

 あなたが「力を貸せ」と言ったから。だから僕はここまで頑張れた。

 それなのに、今になってあなたは僕の手を離すのかと。

「今日だって、ひとりでちゃんと出来たじゃない。おめでとう、雄助。あんたは偉い」

「雄助じゃないし」

「うん。そうだね」

 ジェシカはそう言って、僕の髪をくしゃりと掴んだ。

「でも、あんたは偉い。あんたなら、大丈夫」

 ジェシカに「大丈夫」と言われると、「してやられているな」と思う反面、力が湧いて来るような気がするから不思議だ。

「だからね、乾杯」

 そう言って、ジェシカがジョッキを空ける。

 「うっ」っと小さな声を漏らし、ジェシカが胸を押さえた。

「ジェシカさん?」

 慌てて、立ち上がる。

 ジェシカは胸を押さえたままにやりと笑った。

「五臓六腑に染み渡る……」

「オヤジかい!」

 ついに、僕はその禁句を口に出した。


 ジェシカ。

 僕の天使。

 美しい外見に、オヤジの内面を持つ女。

 それでも、彼女こそ僕ら「夢喰らい」のエースであり、僕の大切な天使だった。


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