番外編 HAKU(仮)
かつて、pixivのグループで開催された1週間コンテスト参加作品でした。(PNは違いますが、本人です)
お題がタイトルに色を入れるというものだったので、「白→HAKU」としました。(仮)もタイトルの一部です。
当作、「ナイトメア」の設定をそのまま使っていたので、こちらに戻すことにしました。
本編を読まなくても、大丈夫だと思います。
闇の中に浮かび上がる、白い手。私の手だ。
ぽつりぽつりと、まるで花のように浮かび上がる。
私が? 私が、何をしたって?
私は……ああ、そうだ。私の原稿。だから、私はーー。
『大丈夫』
耳元で、誰かが囁く。
『だってこれ、夢だから』
夢の中に割り込んで来た、音。
それがスマホのアラーム音だと気づき、目を覚ますまでにかかった時間は、実際には数分程度だった筈だ。体感的には、一時間ぐらいかかった感じだが。
すっきりしない目覚めは、最近になってのこと。
そう。大学卒業した頃から、ずっと。
公務員試験に合格して、念願の公務員になった。入所式がオンラインだったり、希望しない部署に配属されたりでストレスも多い。だからなのだろう。
人は、毎晩夢を見る。
夢にああだこうだと理屈をつける輩は多いけれども、取りあえず毎日見るものだから、そうそう深刻になっても仕方ない。夢なんてものは、たかが夢。疲れていたり酔っ払っていたりで、覚えていない事だって多いしね。
夢について深く考えた事なんかなかったこの私が、何の因果か配属されたのが、健康増進課 精神保健係 睡眠障害予防対策特務室。睡眠障害やら悪夢やらで精神の健康を損なった市民の相談窓口となる場所だった。
その特務室の中には更に特殊な部署があり、通称『夢喰い』と呼ばれている。特殊な能力の持ち主でーー噂では、他人の夢の中を覗いたり出来るらしい。人権侵害も甚だしいと、私は思うのだが。
特務室には、それが二人も居る。一人は年齢不詳の美女、もう一人は『少年』。どちらも、『能力者』には見えないのだが。
「臼井さん、聞いてますか?」
呼びかけられて、我に返る。
誰かと思ったら、『少年』だ。いつものように、彼の足下には目つきの悪い豚が一匹。
「おはよう、少年」
「その呼び方、やめて下さいって前から言ってますよね?」
斉藤雄介は、『夢喰い』の一人。この部署では唯一の年下で、今年二十歳になるらしい。だから、私は親愛を込めて『少年』と呼んでいるのだが。
「で? 呼んだ?」
「はい。二度ほど。僕、今日は現場なので」
おや、珍しい。普通は年齢不詳の美女ーー小林明美の方ばかりが動いていて、少年はデスクワーク専門かと思っていたら。
「ボスは?」
「小林さんですか? 彼女はお休みです。昨日から。知らなかったんですか?」
「特殊部隊には、あまり興味ないって言うか」
そもそも『特殊能力者』とか『夢喰い』っていうネーミングとか、胡散臭いことこの上ない。
「特殊部隊って臼井さんは僕らの事どう思っているんですか?」
「えーっと、国家系秘密結社?」
その返事に、少年は大層嫌そうな顔をした。
「そんなわけないでしょう? これでも、善良な市民の味方です。とりあえず、これ、目を通しておいて下さい」
渡されたのは、右肩をホッチキスで留めた書類。二枚目以降には誰かの個人情報が書かれている。
「今日の訪問先と相談内容。臼井さんには、サポートをお願いするよう室長から言われています」
「なんで、私が?」
「『夢喰い』は基本一人行動禁止なんです。それに対象が二十代の女性だということで、臼井さんが適任だと」
確かに、斉藤少年では二十代女性の心を開くには不向きだろうけど。
「新人二人で行くの? そっちの方が嫌がられない?」
「僕、一応、三年目なんですけどね。非正規期間を加えるともっと長いし」
ぼそっと斉藤少年が呟いたのは聞かなかった事にして、仕方なく書類を開く。
『夢喰い』に回って来る相談は、夢に関わるものになるとは思っていた。どんな胡散臭い夢かと思っていたのだけれども。
書かれていた内容は、かなり普通のものだった。相談者は『柏崎菜都美』。娘さんの鬱がひどく、日常生活に支障を来たすものであること、左手首にリストカットの形跡がある事。
夜、眠れないそうだ。
「これが、『夢喰い』の案件なの?」
こう言っちゃなんだが、普通に心療内科とか睡眠外来とかに行くべきじゃない? 思春期とも少し違う感じだし。
「市民の心の健康を守るのが、精神保健係の使命ですよ。臼井さん」
斉藤少年に背中を押されて、仕方なく車を出す。少年は豚を膝に抱いて助手席に乗り込んで来た。
市民の心の健康を守る以前に、自分の心の健康が心配な気分になった。
「今回の症例は、実は初めてじゃないんですよ」
車の中で少年が教えてくれた。多分、所内では言えなかった事なのだろう。
「無気力も、リストカットも序の口です。自殺未遂も起きている。すべて、同じ日に」
同じ日だと少年は言うが、あまりピンと来ない。
「自殺未遂と、リストカット、無気力、鬱、特別繋がりがあるようには思えないんだけど?」
それらが数件、同じ日に起こっていても、偶然の範疇だと。素人的には思うのだが。
「いいえ。夢です」
豚を抱いた少年に、真顔でこう言われると、どうだかと思う。
まあ、『夢喰い』と呼ばれている特殊能力者らしいからねぇ。
「僕は勝手に白夢とかHAKUとかって呼んでますけど。って、なんでそんな嫌そうな顔をしているんですか?」
「胡散臭い」
相手が少年だから、素直に気持ちをぶちまけてしまった。
だって、いきなり「夢です」とか言われても。
「臼井さんの、そういう所が……まぁ、良いんですけど」
諦めたように、ため息をつきやがる、斉藤少年。
私の、どういう所がどうだと?
怒鳴りかけたら。
「ナビ、ちゃんと見て下さいね。そこ、右折です」
運転免許も持っていない少年に指図されて、ますます苛々が募る。
「で、その夢ってどんな夢よ」
「物語をね、完結させるそうですよ。夢の中で。目が覚めて、夢だった事に気付き、情熱を失う」
一瞬、ハンドル操作を誤りかけた。
「臼井さん! 逆行! 逆行!!」
かけたんじゃなくて、右折した時に対向車線に入ってしまったのか。危ない危ない。
「その夢が、HAKU?」
「勝手に、僕がそう呼んでいるんですけれどもね」
夢を見た。
締め切りまで時間が無くて。それはそれはがんばって、睡眠時間もギリギリまで削って、やっと仕上げたのに。
原稿が完成して、保存した。その時に、目が覚めてしまった。
全部、夢だった。
あんなにがんばったのに。構想だって、あんなに膨らんで。完璧に仕上げたのに。
目を覚ましたら、何もないの。
「春COMの新刊、落としちゃって。そうしたらもう、どうすれば良いのか解らなくなって」
柏崎志保里嬢ーーいや、同人作家のSHIORINが額を押さえながら告げる。
「待ってくれている人に合わせる顔がないって。だから、あたし」
解る。私には解る。
だって、私、春COM楽しみにしていたし。いや、そもそもSHIORINのファンだし。
新刊落としたって今聞いて、ものすごくショックだし。
それなのに。
「プロだって、原稿を落とすことはあるわけですし」
少年が、しれっと地雷を踏んだ。
「だから、絶対に解らないって言ったのよ! あたし、素人だけど固定ファンだって沢山ついていて。三月の新刊楽しみにしてろって大言叩いて。あんなに、あんなに、あんなに頑張ったのに、夢だったんだよ。その片鱗が、どこにも残っていない。バックアップだって取れていないんだよ! 夢だから!!」
私には解る。その悔しさ、やるせなさ。
がっくり来ちゃうよね。その悲しみを力に変えて、もう一度! ーーできないから、落としちゃったんだよね。
頭が真っ白になり、無気力になる。だから、HAKU。少年、なかなかナイスなネーミングだと思うけどーーやっぱり少し無神経だよね。
だから、私はSHIORINの話をただ、うんうんと頷いて聞いていた。
手に持ったレコーダーが停止している事にも気付かずに。
「斉藤少年は、さ。そういう夢は見たことないの?」
ボールペンをブラブラさせながら訪ねると、少年は怪訝そうな顔で見返して来た。
「夢、ですか?」
「そう。同人作家の事はどうせ解らないんだろうから、仕事でも良いよ。残業して、仕上げて。なのに、夢だった。そういう経験ある?」
少年は少しも考えなかった。
「ありません」
きっぱり、はっきりと答える。
「僕、そこまで仕事に真面目じゃないのかも知れませんね。仕事の夢なんか、見たこともありません。それより、ちゃんと今日中に仕上げて下さいね。その報告書」
そう。私がレコーダーを誤って停止してしまったから、斉藤少年と自分の記憶でなんとか再生しているのだけれども。
なかなか筆が進まないのは、少年の客観的な記憶と私の主観的な記憶の食い違いだろうか。「そんなことないよ」「いえ、そうでした」の繰り返し。
「だから、あんたは『絶対に解らない』って言われたんだ」
私の事を捨てて帰った斉藤少年を恨みつつ、思い返す。
SHIORINの新刊、出なかったんだ。春COM、みんな待っていたんだけどな。
私だって。
私だって、描いていたんだ。
大学生活、最後の道楽。最高の傑作。
本が出来たら、SHOIRINさんに会いに行こうって決めていた。
ずっとずっとファンでしたって。そう言うつもりだった。
「ありがとう。読ませてもらいます」そう笑ってもらったのに。
夢だった。全部、夢。長い長い夢。
朝、起きると何もない。何にも残っていない。あの、絶望感。
あいつ。
そんなことないんだ。
今まで、一度も無かったんだ。
だから、私たちの事なんか解らない。そのくせ、「市民の心の健康を守る」? どの口が言ってるんだ?
暢気に、職場に豚なんか持ち込むし。それを上司は咎めない。
おかしいだろう。あいつも、上司も、この職場そのものが。
いっそ、みんな。燃えて無くなれば良いのに。
白い手が、夢に咲く。
その手の先に、炎が上がった。
飛び起きた。
心臓がばくばく鳴っている。全身に嫌な汗がまとわりついていて、とても気持ちが悪い。
夢の中で、私は何を願った?
そして、夢の中で何が起きた?
うっすらと覚えているのは、闇に浮かび上がる白い手。
胸騒ぎがした。良くない事が起こっている。そんな気がする。
「私が、呪ったから」
口に出すと、ぞくっとした。
そうだ。私は、夢を呪ったんだ。この間も。
どうして、私だけがって。みんな、同じ夢を見れば良い。この絶望感を味わえば良いって。
「だから、SIORINさんは新刊を落とした?」
だったら。
だったら、少年は?
消防車のサイレンが近づいて来る。私が、燃やした? 少年を? そんな!
火事をイメージしたら、今度は周囲を炎が取り巻いた。いつの間にか、壁も天井も消えていて、炎の中に、立っている。
もしも、罪を犯したのなら。私はーー。
「大丈夫」
何かが、目の前に落ちてきた。
そいつが一歩前に出ると、炎がそいつの口の中に吸い込まれて行く。
炎が消えたところで振り返ったそれは、目つきの悪い豚。
「大丈夫。これ、夢ですから」
少年の声で豚が告げると同時に、白い光が私を包み込んだ。
「おはようございます。臼井さん」
目を開けると、そこに居たのは斉藤少年と、もう一人。
年齢不詳の美女。彼女が『夢喰い』の?
「初めまして。睡眠障害予防対策特務室の小林と申します」
「いえ、職場で何度かお会いしてますよ、ね? え? ここ何処?」
自分の居る場所が、理解出来ない。
自室ではない。白い部屋。病院っぽい? 手にはいろんなコードがつけられているし。やっぱり、病院?
二人は顔を見合わせて、少し困ったような顔をした。
「もうすぐ、ご家族の方が来られますから、手っ取り早く説明させて頂きますね」
小林女史がやや早口で言う。
「臼井さんは、三日前に事故に遭われて意識不明でした。その間に、事件が起こった。ここに居る斉藤が気がついたんですけどね。能力の暴走が起こっていると」
「能力の暴走?」
事故? 意識不明? 三日前っていつだ? それに、能力の暴走って?
全然、話について行けない。
「ええ。とても危険な状態でしたので、こちらの方で夢に閉じ込めさせて頂きました。夢の中で斉藤から聞きましたか? 『HAKU』という夢について」
「同人作家のSIORINさんが原稿を落として。リストカットしたって。でも、それも夢で」
夢、なんだよね?
「最近は、漫画原稿もPCで描かれる作家さんが多いですから。夢の中で完成させた筈のものが、目が覚めたら、何もない。画面は真っ白だ。だから『白夢』『HAKU』。これは、あなたが自身が現実に味わった絶望ですよね?」
そうだ。私は確かにその夢を見た。絶望を味わった。
「あなたの強い絶望のエネルギーが、無意識に周囲の同人作家たちに伝染し、同じ悪夢を見せてしまっていたんです。それを止めるために、私はあなたをこの『偽の職場の夢』に閉じ込め、斉藤をナビゲーターとして送り込みました」
小林女史は更に強烈な爆弾を叩きつけて来た。
「ちょっと待って! 絶望のエネルギーを他人に伝染させるって」
「精神共鳴能力と我々は呼んでいます」
「私が、能力者なんですか?」
小林女史を見て、斉藤少年を見る。
二人とも、冗談を言っている風には見えない。
「暴走が止まるまでの間、現実に就職している夢を見てもらっていました。私と小林の職場を摸した場所を選んだのは、事が夢に関わる案件だったから」
「暴走が止まるまで?」
「貴女が貴女の意思で目覚めるまで。夢の中で気づいて、自分で壊そうとしたんじゃないのですか?」
待って、じゃあ。
「どこからが夢なんですか? 私は、いつから夢を見ていたんですか?」
大混乱だ。怪我をしたのは、いつ?
「今日、何日?」
「今日は三月十九日。明日と明後日が臼井さんが楽しみにしていた春COMですね」
斉藤少年がスマホのカレンダーをかざして見せてくれた。
だからか。だから、楽しみにしていた筈の春COMに行った記憶がなかったのか!
すごい。『夢喰い』って、胡散臭いだけじゃなかったんだ!
「臼井さんは保健所の職員ではありません。まだ、社会人ですらない。内定は出ているでしょうが、能力者だという事が判明しましたので、経歴に少し傷がつくかも知れません。就職先で何か問題があれば、いつでもご相談に乗ります」
そう言って、二人の名刺を渡される。
イメージキャラクターなのか、目つきのおかしい、ちょっと鼻の長い豚のイラストが特徴的な?
あれ、この豚って。
「そう言えば、豚は?」
ずっと、斉藤少年が連れて歩いていた、豚。気にはなっていたのだけど、誰も気にしていなかったから口には出さなかった。
「あれは……」
斉藤少年が困ったように天を仰ぎ、
「獏、のつもりらしいです。道先案内人的な?」
言葉を引き継いだ小林女史が、何故か俯いて額を押さえている。「的な?」って、あんたが作った夢? だったんだよね?
「もれなくついて来るものだと思っていただければ。私たちは、取りあえず失礼しますね」
謎の言葉を残して二人が去ると、今度は母親が入って来た。
よほど心配をかけていたのだろう、初めて、泣かれた。
人は、毎日夢を見る。
楽しい夢、怖い夢、萌える夢だって。
でもね。夢の中で何かを呪うのは、もうやめよう。
どうせ、覚えていない事の方が多いのだから。
読んでいただき、ありがとうございました。
SFコンテストにどうしても参加したくて書いた作品だったと、読み返して思い出しました。
15年前……びっくりするわ(汗




