第二パオパオ
パオ様に家をくくりつけ、いちごの旅はスタートしやがった。
「で、どこへ行く?」
パオ様は嬉しさをかみ殺して尋ねた。
「うーん、とりあえずあっち」
「ふむ。目的のない旅か。無謀とも言うがな」
しばらくたらたら歩いた時、パオ様に異変が生じてしまった。
「くっ・・・足がつった」
「えっ!だいじょうぶ?」
強気で屁理屈なパオ様が、涙を浮かべている。
それを見て、いちごはかわいそうに思った。
常人ならば「へっ、ざまあ!」とか言いそうなものを。
「僕も所詮、生身の肉体を持った俗物に過ぎんのか。ぐはぁ」
「えっ!一人称僕なの?俺とか俺様だと思った」
「馬鹿!そんな一人称を使ったら・・・忌々しいサーカス団長とおそろいになる!」
急に過去をほのめかす熱弁をされて、いちごは後ずさりする。
「まぁ、時が来たら話す。今は触れるな」
ハードボイルド風に締めくくられて、気になったけど聞けない。
「それよりも、僕はフルーツを所望する。足がつったらフルーツを食べて治すものだ」
いちごはパオ様をほんの少し、スプーン一杯分疑った。
もしかして、フルーツを食べたいから演技しているんじゃないかと。
しかし、パオ様はなみだを浮かべ足を引きずっている。
パオ様は演技なんて小賢しい真似をするだろうか。
残念ながら、ちょっとやりそうだ。
とにかく、足のつりが本当であろうと無かろうと、パオ様にフルーツを与えることにするいちごであった。
さすが主人公。無駄に優しい。
ちょうどもう少し進めば、市場に着ける。
「じゃあパオ様。ムリしないでここで待ってて。今、フルーツ買ってくるから」
いちごはパオ様のまつ毛を一本取って市場に走った。
どうして毛を取るかって?
まつ毛もしくは象の足型は、象乗りにとってお金の代わりになる。
パオパオさんは、まつ毛のDNAと足形が政府の機関に登録されている。
店にそれを渡すと、受け取った店は政府へ品物代を請求し、受け取ることが出来る。
このシステムのせいで、裏金や偽足形など面倒が起こっているのはここだけの秘密でよろしく。
長々と説明している間に、パオ様はちょっくら物思いに耽っていた。
盗み見してやろう。へっへっへ。
(いちごといったな。優しいな。今までの象乗りだったら「も少し歩けこんちきしょう!」とか言って、僕を歩かせたのに。もしかしたら、本当に楽しい旅になるかもしれん。でも、
足がつっているのは本当だ。・・・む?僕は誰に向かって言っているのだ?まぁいい。いつも穴を掘っているから、運動不足だ。正直もう疲れた。しかし、フルーツを買ってもらった手前「もう疲れましたー。休みまぁーす」なんて言えぬ。そうだ!食べるためと称して、立ち止まって食べよう。うむ。よい考えだ。しかし待てよ。いちごは優しいようだから、少し休憩を挟んでくれるやもしれん)
なぁんてぐだぐだ考えてるうちに、駆け足でいちごが戻ってきた。
「お待たせー!」
いちごはフルーツの盛り合わせを、パオ様に捧げた。
(ナ、ナイスだいちご!小娘と言って悪かった。三ミリ見直したぞ)
「あ、ありがと、な」
パオ様がフルーツを食べようとしたその時!
住民A「ちょっとあんた。道の真ん中で邪魔よ。すみっこに行きなさい」
パオ様が振り返ると、ちょっとした渋滞になっていた。
「すみません」
パオ様といちごは、世界から忘れられたような片隅に移動した。
すっかり心が折れてしまったので、少し片隅で休む。
フルーツは、そんな二人を励ますかのように、ただただ甘い。
「怒られちゃったね」
「ああ、怒られた」
黙っていても仕方がないので、言葉のキャッチボールに勤しむ。
「足、だいじょうぶ?歩けそう?」
「もうしばらくすれば」
青い空と人の流れをぼんやり眺めた。
「行くか」
「そうしよっか」
てな感じで、微妙な空気から旅が再会するんだなぁ。これが。
市場を抜けて行こうと思ったけど、住民たちが先ほどの渋滞でいらいらして、こっちを殺意のこもった眼で見てくる。
仕方なく裏通りを行くことにする。
裏通りでは、子供たちが鉄砲玉のようにはしゃぎ回っている。
パオ様を見るなり、俊足で集まってくる。びっくり。
質問攻めしたり、べたべた触ったり、登ったり子供はフリーダムすぎる。
すごろくで言うと一回休みばかり引いてしまい、二人はへろりんちょとなる。
「まぁ、これが旅、だよね」
いちごがパオ様の方を見ると、案外楽しそうにしている。
こやつ、子供好きか?口調まで変わっている。
「わーい。僕パオ様だよー。みんな僕と遊ぼー!」
声まで明るくなっている。でも、眼は虚ろだ。作り物のパオ様降臨ってところかな。
いちごは、パオ様の狂いようを見て、ぽかーんとする。
(さっき、サーカスって言ってたけど、もしかしてサーカスにいたのかな?)と思うけど、パオ様の虚ろな眼を見ると、言ってはならん気がして保留する。
子供たちが嵐のように去った後、パオ様がその場にへたりこんだ。
「うぐぐ・・・もう歩けない」
「打たれよわっ!」
偉そうなくせして、へっぽこの極みなパオ様。
そんな二人をからかうように、雨が少し降ってきた。
パオ様がへたれているため、近くにあった大きな柳の木の下へ避難する。
「もしかして僕は、相当ダメ象なのではないか」
強気な象ほど、思いもよらぬ逆境に激弱だったりする。
「しっかり。まだ旅は五時間しかしてないよ」
いちごはパオ様の頭を撫でる。
しかもポケットから何か取りだしたぞ!
「これ食べて頑張って」
小さく可愛らしいりんごだよ!あげるのもったいない。
「いいのか?」
りんごを持ってうなずくいちごちゃん。
パオ様は鼻でちまっと掴んで、大切そうに口へ運ぶ。
「う、うまい」
「でしょ?さっきの子たちにもらったの」
「よし!もう少し歩く。乗れ!」
しかし、パオ様の決心もむなしく、雨はどんどんひどくなる。
時間もどんどん過ぎている。
「今日はここで野宿しよ?」
「・・・そうだな。この雨じゃ象の僕とて流される」
かくして旅の一日目は終劇。ま、こんなもんっしょ。