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義理で結婚していただいた妻ですのでお構いなく。

掲載日:2026/04/19





「お前と結婚したのは義理でだ」


 結婚式当日にそう私に言い放った夫・ジュヴァルは、私を役立たずのお飾り妻にした。


 最初、私が婚約していたのは彼の兄だ。

 だが、その兄が継ぐはずだった侯爵位も私も捨てて他の女性と出奔。

 一晩で私は婚約者に捨てられた女になった。


 ところがそれでおしまいとならないのが貴族社会だ。

 父は婚約者の家である侯爵家に賠償を求めた。


 それはそうだろう。

 婚約者に逃げられた令嬢など、社交界では笑いもの。

 評判も落ちて貰い手はなくなる。


 だからこそ、過失があって後ろめたさを抱えている侯爵家にここぞとばかりに責任を問うたのだ。


 結果、婚約者の弟のジュヴァルが私の婚約者になり、その一ヶ月後には結婚式を挙げた。


 両家ともいいところに落ち着いたと満足なのだろう。

 ジュヴァルも兄に代わり侯爵家を継ぐことになったし、何の面倒もなく妻を娶ることができたのだと。

 だが本人はそうではない。


 私に『義理だ』と言い放ち、夫婦の情など期待するなと冷たい目を向けた彼は、私をさっさと領地内にある別荘に置き、自分は自邸で領主業にいそしんでいるという状況である。


 突然圧し掛かった侯爵位と領主という地位をどうにかこなすのに忙しく、妻など相手していられないのだろう。

 ただ書類上、妻がいるというのが分かればいいと言わんばかりの扱いだった。



 さて、そんな扱いを受けていた妻である私だが、案外悠々自適に暮らしている。

 そもそもジュヴァルとは元婚約者の弟とはいえ数回顔を合わせたばかりなので仲良くもないし情もない。

 むしろ放っておいておらえてラッキーとすら思っていたのだ。



 そんな中、突如ジュヴァルがやってきた。

 相変わらず難しい顔をして、私に冷たい目を向けて。

 心の中で何しに来たの、なんて悪態をついた私は表面上笑顔で出迎えた。


「リュミエールという教師を知らないか」

「いいえ。存じ上げません」


 私がそう答えると、ジュヴァルは「そうか」と言って屋敷の中に入っていく。


「泊っていかれるのですか?」

「俺の別荘だ。泊まって何が悪い」

「いいえ。何も」


 どうしてそんな言い方しかできないかなぁ、と内心ピキピキしながら「部屋の準備をしてきます」とジュヴァルに頭を下げて私付きのメイドを探した。


「ど、どうしよう! マリー! ジュヴァルが『リュミエールを知らないか?』って来たんだけど!」

「え!」


 私はマリーに抱き着き、どうしようそうしようと喚いた。


 何を隠そう、私がジュヴァルが探している『リュミエール』だ。

 男装をして近くの学校で教師として働いているときに使っている偽名。

 それが『リュミエール』だった。


「どうしてかしら……。何故リュミエールを」

「やっぱりこの間の山鳴りの一件ですって! アメリア様が山鳴りは地滑りの前兆だから避難した方がいいって住民を説得して助けた件が旦那様に伝わったんですよ!」

「うぅ……それでどんな奴か顔を拝みに来たってことかしら」

「いやいや、違いますって!」


 私がマリーと話していると、従僕のひとりが横から口を挟んできた。


「川沿い付近の作物が育たないって困っていたときに、アメリア様が土壌汚染が原因だって突き止めたやつでしょ! 山の上で違法に毒性のある植物を栽培して薬物を生成してやつ」

「あー。川にそのまま排水してたせいで、下流の土壌が汚染されたやつよね。健康被害も出てたから、皆『リュミエール先生』に感謝していたわね」


 うんうん、とマリーと従僕のふたりが得意げに頷く。


「おかげでここらへんの人たちは皆『リュミエール先生』を頼るのよね。尊敬しているし、信頼を得ている」

「私はただみんなが困っていたから……」

「『遠くの領主より近くのリュミエール先生』って皆が言ってるの聞いたことがあるわ」

「俺もっす。領主なんか頼れねぇ! って村長が笑って話してました」

「リュミエール先生人気者~」


 と、ふたりがあはははと笑っている横で私が真っ青な顔をしていると、ふたりもことの重要性に気付いたらしい。

 ぴたりと笑うのを止めて私を見た。


「……もしかしてジュヴァル、リュミエールの人気を問題視して探しに来たのかしら。領主の彼からすれば、自分より信頼されているリュミエールは邪魔な存在だもの」


 出しゃばるなと言われるかもしれない。

 教師をやめろと言われるかも。

 もしくは領民を惑わすペテン師と追い出されるかもしれない。


 それより何より、そのリュミエールが私だと知ったら彼がどうするのか予測できない。

 ただでさえ邪魔者扱いされてここにいるのに。


「と、とにかく、ジュヴァルにリュミエールを探している意図を聞いてみましょう」


 まずはそこからだと、マリーにジュヴァルの部屋を用意しておくようにお願いをして再び彼のもとに向かった。


「あの、なぜそのリュミエールという教師をお探しなのです?」


 むすっとした顔にそう問いかけると、思い切り睨まれる。


「探されると何か不都合が?」

「いえ。興味本位で聞いてみただけです」

「お前が俺に興味を向けるとはな。もしや知らぬと言っておきながら探されると困るのか?」

「久しぶりに会ったのですから、話の幅を広げるくらいの気遣いはさせてください。それすらも鬱陶しいと?」


 意趣返しをすると、ジュヴァルは不機嫌そうな顔をして黙りこくった。

 何を考えているのか分からないが、やけにつっかかるものだ。


「……ここの村長に、『リュミエール先生の方がよほど信頼できるし頼れる』と言われたんだ。そこまで言われる男の顔を見ておきたくてな」


(男じゃなくて女ですけれど)


 なんて言えるはずもなく、私は「そうですか」と小さく返事をする。


「それで、見てどうするのです?」

「然るべき対処をする。俺は領主だからな。そこまで領民に言われたら、黙っているわけにはいられない」


 ――つまりリュミエールを追い出すつもりですか?!


 叫びたくなるのを必死に堪えて、私は足早にマリーたちのもとに戻り、先ほどのジュヴァルの言葉を伝えた。


 ふたりは真っ青になり、三人で顔を突き合わせて頭を悩ませる。


「アメリア様。旦那様がこちらにいらっしゃる間はリュミエールにならないようにしなくては」

「でも、学校で子どもたちが待ってくれているし、相談者も……」

「それは俺に任せてくださいっす。ちゃんと事情を話しておくんで」


 ふたりに対処をお願いして、私は当分屋敷の中で大人しくすることにした。


(将来、領主の妻として領民の役に立ちたくてたくさん勉強したことなのに)


 ジュヴァルの兄の婚約者になったときから、夫や領民が困っていたら助けられる人になりたいと願っていろんな書物を読み漁った。

 様々な勉強をした。

 性格ゆえか興味の幅が徐々に広がっていって、余計な知識まで頭に入ってしまったが、今はそれが役立っている。


 それが逆にジュヴァルの邪魔をしてしまうなんて、なんて皮肉なのだろう。

 やはり自分はお飾りで妻をしていた方がよかったのだろうかと苦しくなった。


 数日間ジュヴァルは別荘に滞在し、リュミエールを探していたが見つからなかった。

 私はただ静かに部屋の中で本を読んで彼が帰るのをじっと待っていた。



 ところが、ある日、村長を筆頭に大勢の村人が別荘の屋敷に押しかけて来た。


「領主さまがリュミエール先生を追い出そうとしていると聞いた。先生は俺たちには必要不可欠な存在だ。領主だからと言ってそんな横暴は許されない。もしもそれでも先生を追い出すと言うのなら、俺たちは暴動も辞さない覚悟だ」


 しかもとんでもない覚悟を携えて。


 どうやら、従僕がリュミエールが当分の間学校に来られない理由を「領主さまから身を隠すため」と言ったらしい。

 

 領主さまがリュミエールを探している。

 どうして探しているのか。

 もしかしたらリュミエールに嫉妬し追い出すためでは?

 あの領主め!


 という話の流れがそこらじゅうの領民に広がり、俺たちの先生を守れ! とジュヴァルのもとに押しかけて来たのだ。


「あ、アメリア様……どうしましょう」


 マリーが私に縋る。

 私もマリーに縋り、どうしたらいいかを懸命に頭を働かせた。


「俺はただリュミエールと話がしたいだけだ」


 ジュヴァルはいたって冷静に領民たちに対して話をしているが、ヒートアップした彼らは聞く耳を持たない。


「嘘だ! そう言って結局追い出すんだろ!」

「お前が無能だから先生が俺たちの力になってくれているんだ!」


(あぁ……違うの……単なる私の趣味で教師をしていただけで、いつの間にかこんなになってしまっただけで……)


 領民の中でリュミエールが神聖化されていて、いろんな誤解が生みだされている。

 ジュヴァルも無能なわけではない。

 突然爵位を継いだわりにはよくやっているほうだ。

 なかなかその頑張りが追い付かないだけで。


 私はハラハラしながら事態を見守っていた。

 

 ところが一向に騒動は収まらず、領民のひとりがジュヴァルの胸倉を掴んだときにもうここが潮時だと悟った。


「やめなさい!」


 私は皆の前に出て声を張り上げる。


「何をしているアメリア。部屋にいろ」


 突如として現れた私にジュヴァルは引っ込んでいろと言ってきたが、そうはできない。

 

 すべて私が原因なのだから。


「村長、私が誰か分かりますか」


 変装をしていない、領主の妻然とした格好だが、目の色や顔の造りはそのままだ。

 よく見れば分かるだろうとじぃっと彼の顔を見つめる。


「……リュミエール先生」


 よかった。分かってくれたみたいと内心安堵する。


「そうです。あなた方にはリュミエールと名乗り、学校で教鞭をとっておりました。ですが、本当は領主の妻・アメリアです」


 ええ! と皆がざわめく。

 ジュヴァルもまた、見たことがないくらいに目を見開いて驚いていた。


「騙すような真似をしてごめんなさい。ただ、皆さんのお役に立ちたくてあんなことをしておりました。夫はそれを知らず、ただリュミエールという教師と話をしたかった。それだけです。ねぇ、そうでしょう?」


 ジュヴァルにそう問うと、彼は「そうだ」と頷く。


「いろんな誤解があったようですが、夫は私を追い出すことはありません。だから、安心してください」

「ですが……」

「私が夫に黙って教師のまねごとをしていたことが原因です。責めるのであれば、どうか私を」


 私が頭を下げると彼らの怒りは徐々に収束していく。

 そういうことならと引いてくれて、ぞろぞろと帰っていった。


 一件落着。

 ふぅ、と深く息を吐く。


「アメリア」


 だが、もうひとり、しっかりと話し合わなくてはいけない人が残っていた。

 名前を呼ばれ、ゆっくりと振り返る。

 相変わらず不機嫌な顔。


「話し合いましょうか」


 私は怯えを笑みの奥に隠して、部屋へと向かっていった。



「このたびはお騒がせして申し訳ございません」


 深々と頭を下げてまずは謝罪をする。


「先ほど言った通り、私は貴方がお探しのリュミエールです。変装して教師のまねごとをしておりました。まさかジュヴァルの耳に届くとは思わず、領民の役に立つことができればといろいろと相談に乗っていて、いつの間にかこんなことに……」


 懸命に釈明をしているというのに、ジュヴァルはなにひとつ言葉を発しない。

 気まずいから相槌位してほしいものが、彼に対して高望みなのだろうか。


「貴方に黙っていたのは、止められると思ったからです。貴方は私に大人しくただ妻でいることだけを望んでいたでしょう? だから余計なことをするなと言われると思いまして」

「まぁ、たしかにそうだな。お前がそんなことをしていると知ったら、余計なことをするなと言っていただろうな」


 やはり、と肩を落とす。

 そうなると、もう教師のまねごとなどやめろと言われるだろう。

 リュミエールとして領民たちと一緒にいられなくなる予感がして苦しかった。


「……だが」

(ん?)


 次の言葉を聞いて顔を上げると、目の前にいるジュヴァルは何故か耳を真っ赤に染めて口元を手で覆っていた。

 まるで照れているような。

 この場面で照れる要素がどこにあったのだろうかと、眉を顰めた。


「リュミエールがしてきたことをすべて聞いた。どれほどの知識を持ち、どれほどの説得力と解決能力を持ち、領民たちを救ってきたのかを」

「そんな大したことはしておりませんが……」

「大したことをしていないだと!? 馬鹿を言うな! 俺だったらここまでのことはできなかった! リュミエールがいなければ今頃この辺りはどうなっていたか分からない! そのくらいのことをしたんだ!」


 興奮したジュヴァルが椅子から立ち上がり、私の手を取って力説し始める。

 怒涛の称賛を浴びて、私は息をするのも忘れてただただ驚いていた。


(この人、こんな顔するんだ)


 しかめっ面や不機嫌面、冷たい視線しか浴びてこなかったので、これが本当に自分に向けられた表情や言葉なのか信じられない。


「俺もそうなりたい。そんな風に領民を救って生活を守れるような領主になりたいと思って、リュミエールに教えを乞いたかったんだ」

「じゃあ、リュミエールを探していたのって……」

「俺も彼の生徒として教えを享受したかったからだ」

「追い出そうとしてのではなく……?」

「リュミエールは宝だろう! むしろこの地にいてもらわなくては困る!」


(とんだ勘違いだった!)


 私は脱力した。

 あんな顔であんな言い方をされたら誰だって悪い方向に考えてしまう。

 でもよかった。

 リュミエールはまだここにいていいようだ。


「まさか、リュミエールの正体がアメリアだったとはな」

「すみません」


 私の手を握っていたことに気付いたのか、彼はパッと離して距離を取る。

 リュミエールはいいがアメリアはダメらしい。

 ややこしいものだ。


「正直、お前がそこまでの能力を有しているとは思わなかった。兄といたときはただ大人しくて、何も考えていないそこら辺にいる社交界の中で見栄を張るだけの女だと思ったから」

「とんだ言われようですわね。大人しかったのは貴方の兄が私が前に出ると押さえつけてきたからです。目立つと怒られて、口答えすると怒鳴られましたから」

「兄がお前にそんなことを……」


 男尊女卑思考が強い男性だったので、私も大人しくしているしかなかったし、彼の望むような姿でいるしかなかったのだ。

 結局捨てられたけれど。


「知識を蓄えていたのは将来領主の妻としていつか何かできるかもしれないと思ったから。それと半分は趣味です」


 ジュヴァルは私の話を聞いて考え込むような素振りを見せた。

 眉間に皺が寄っている。


「なら、領主邸に戻れ。そこならばお前の知識や能力を存分に発揮することができるはずだ。お前もその方がいいだろう」

「お断りします」

「は?」

「だから、お断りします」


 断られるとは思っていなかったのか、ジュヴァルは随分と間抜けな顔で私を見ていた。


「気難しくていつも不機嫌な貴方とずっといるなんて疲れるし、顔を突き合わせるのも面倒です。今のこの離れている環境が最高に心地いいですし、楽しいですもの。領主邸になど戻りません。ここにいます」

「だ、だが……お前は俺の妻で……」

「え? 義理で娶っただけでしょう? だから私も義理で妻をやっておりますので、それ以上のことを求められても困ります」


 はっきりとそう言うと、ジュヴァルは固まって動かなくなる。


「今まで通り、別々に暮らしましょう、ジュヴァル」




 領主邸に帰るまで顔を突き合わせるたびに一緒に暮らそう、あっちでリュミエールとして働こうと説得されたが頑として断った。

 結局、もう帰らなくてはいけない日になり、後ろ髪を引かれるような顔で去っていったが、面倒なのがいなくなり私としてはせいせいした感じだ。


 これでまた平和に暮らせる。

 そう思っていた私だったが、このときは知らなかった。


 結婚して三年。

 これまでまったく顔を見せなかった夫が、それから事あるごとに会いに来るようになることに。


 そして、リュミエールに変装した私に尊敬のまなざしを送り、教えを乞うようになることに。


 リュミエールになった私を見て、頬を染めるジュヴァルを目撃するようになるなんて想像していなかったのだ。



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素直じゃねえな旦那 そんなことじゃいつまで経っても奥さんは首を縦に振リませんよ
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