赤青黄色
夜更けの国道を走っていた。
雨は止んだばかりで、アスファルトの照り返しがライトに光る。
仕事帰りの疲れで、ぼんやりしていた。
ラジオではどうでもいい芸人のトーク。
あくびを噛み殺した瞬間、何かが前を横切った。
――ドン。
鈍い音がした。
体が勝手にブレーキを踏み込む。
ワイパーが一往復する間に、視界に何もいなくなっていた。
降りて確かめようか、と思った。
でも心臓が、信号よりも赤く鳴っていた。
「猫か、犬か、いや……人?」
頭の中でいくつもの言葉がぶつかり合い、
気づいたらアクセルを踏んでいた。
―――
家に着いてから、震えが止まらなかった。
車の前バンパーには、泥と何か黒いものがついていた。
雑巾で拭いた。
指にこびりついた汚れを見て、手が止まった。
それが泥か血か、もう確かめたくなかった。
―――
翌朝のニュース。
「昨夜、国道沿いで男性が倒れているのが見つかりました」
年齢、四十代。
職業不明。
即死。
歩道と車道の境目。
事故現場の映像が、
見慣れた景色だった。
「もし」と思った。
でも、«まさか»とも思った。
会社へ行くと、同僚がその話をしていた。
「最近あの辺、街灯切れてるんだよな。危ないわ」
「逃げたやつ、最低だな」
背中を汗が伝う。
«自分のことじゃない»と思いたい。
けれど、息が浅くなる。
―――
三日後、警察から電話がきた。
「お宅のお車、少し確認したいことがありまして」
あの夜、助手席のドアをこすった傷。
「これはいつのですか?」
「……わからないです。古い車で」
刑事は優しかった。
責めるような口調じゃなかった。
でも、その優しさがいちばん刺さった。
「現場付近の防犯カメラ、あまり良く映ってなくてね」
«まだ、
逃げられるかもしれない»
その考えが浮かんだ瞬間、吐き気がした。
―――
夜、風呂場の鏡に映る自分の顔を見た。
目の下のくま、口の端のひび割れ。
眠れないまま三日経つ。
食事の味もしない。
なのに、体だけは生きている。
«自首しようか»と思うたび、
家のローン、妻の顔、子どもの学費が浮かぶ。
一つの命と、三人の生活。
天秤にかけている自分が、
何より醜くて、涙が出た。
―――
翌朝、出勤前にニュースが流れた。
「被害者の身元が判明しました」
名前を聞いても、知らない人だった。
安堵と同時に、
「知らない人だからいいのか?」
という声が胸の中で鳴った。
―――
信号待ち。
赤のライトが車内に落ちる。
まぶたを閉じると、
あの夜の雨の音が、まだ耳の奥に残っていた。
アクセルの上の右足が、
じっとしていられなくなる。
――また逃げるのか、俺。
青になったのに、俺は動けなかった。
まるで、誰かが前に立っているみたいに。




