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赤青黄色

掲載日:2025/10/10



夜更けの国道を走っていた。

雨は止んだばかりで、アスファルトの照り返しがライトに光る。


仕事帰りの疲れで、ぼんやりしていた。

ラジオではどうでもいい芸人のトーク。

あくびを噛み殺した瞬間、何かが前を横切った。


――ドン。


鈍い音がした。

体が勝手にブレーキを踏み込む。


ワイパーが一往復する間に、視界に何もいなくなっていた。


降りて確かめようか、と思った。


でも心臓が、信号よりも赤く鳴っていた。


「猫か、犬か、いや……人?」


頭の中でいくつもの言葉がぶつかり合い、

気づいたらアクセルを踏んでいた。



―――


家に着いてから、震えが止まらなかった。


車の前バンパーには、泥と何か黒いものがついていた。

雑巾で拭いた。

指にこびりついた汚れを見て、手が止まった。


それが泥か血か、もう確かめたくなかった。



―――


翌朝のニュース。

「昨夜、国道沿いで男性が倒れているのが見つかりました」


年齢、四十代。

職業不明。

即死。

歩道と車道の境目。

事故現場の映像が、

見慣れた景色だった。


「もし」と思った。


でも、«まさか»とも思った。


会社へ行くと、同僚がその話をしていた。


「最近あの辺、街灯切れてるんだよな。危ないわ」


「逃げたやつ、最低だな」


背中を汗が伝う。

«自分のことじゃない»と思いたい。


けれど、息が浅くなる。



―――


三日後、警察から電話がきた。

「お宅のお車、少し確認したいことがありまして」


あの夜、助手席のドアをこすった傷。

「これはいつのですか?」


「……わからないです。古い車で」


刑事は優しかった。

責めるような口調じゃなかった。


でも、その優しさがいちばん刺さった。


「現場付近の防犯カメラ、あまり良く映ってなくてね」


«まだ、

逃げられるかもしれない»


その考えが浮かんだ瞬間、吐き気がした。



―――


夜、風呂場の鏡に映る自分の顔を見た。

目の下のくま、口の端のひび割れ。

眠れないまま三日経つ。

食事の味もしない。

なのに、体だけは生きている。


«自首しようか»と思うたび、

家のローン、妻の顔、子どもの学費が浮かぶ。


一つの命と、三人の生活。

天秤にかけている自分が、

何より醜くて、涙が出た。



―――


翌朝、出勤前にニュースが流れた。

「被害者の身元が判明しました」

名前を聞いても、知らない人だった。


安堵と同時に、

「知らない人だからいいのか?」

という声が胸の中で鳴った。



―――


信号待ち。

赤のライトが車内に落ちる。


まぶたを閉じると、

あの夜の雨の音が、まだ耳の奥に残っていた。


アクセルの上の右足が、

じっとしていられなくなる。


――また逃げるのか、俺。




青になったのに、俺は動けなかった。

まるで、誰かが前に立っているみたいに。






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