謎の少女
カミナリの袖のボタンが信じられない速度で飛び、壁に深く突き刺さった。
「シューッ」というガスの漏れる音が響き、突然の破損に皆の視線が集まる。
(やべぇ!やべぇ!命の危機だ!どうすりゃいい!?)
カミナリは必死にむき出しになった前腕を隠そうと慌てた。
「こっちに来て!」スミレが小声で急かし、混乱の中カミナリの手を掴んで素早く近くの用具室へ引き込み、後ろ手に扉を閉めた。
「うわぁぁ!見るな!やめろ!死にたくない!生まれ変わるのもイヤだ!あああぁぁ!」
カミナリはパニックで意味不明に叫び散らす。
「ちょっと待って!ストーーップ!」
「……え?まだ死んでないの?」カミナリはきょとんとした顔で固まった。
「当たり前でしょ」スミレは優しく答える。「最初に会ったときから、あなたの力に気づいてたの」
「じゃあ、なんでまだ生きてんだ俺?」
「えっと……」スミレは少し躊躇いながら口を開く。「私はちょっと特別な人なの。反応を見る限り、あなたは誰かと契約を結んでるんでしょ?契約の内容は?」
カミナリは頭をかきながら言った。
「……もうここまで知ってるなら仕方ねぇ。死なないんなら話すよ。俺の契約は、七日間、人間に力や身体を見せちゃいけないってやつ。マスクを着けてるとき以外はな」
「なるほどね」スミレは頷いた。
カミナリの頭の中で、魔王が眠そうに声を上げた。
『おい……何だこの匂い、俺の眠りを邪魔しやがる……どこかで嗅いだことあるぞ……』
(魔王が中に封印されてるのね……やるじゃない)スミレは心の中で呟き、ふと顔を赤らめる。(それに……二人きり、こんな近くで……)
「おい、なんで顔赤いんだ?」カミナリが怪訝そうに問う。
「ひ、日射病!そう、今日は……すごく暑いから!」
「ここ屋内だぞ」
(もう無理!)スミレは心の中で悲鳴を上げ、そのまま用具室を飛び出した。
『あの女……あの忌々しい集団の匂いがする……だが、あいつらは全滅したはず……俺の勘違いか?』魔王が低く呟く。
(しまった……なんで契約が彼女の前で発動しなかったのか聞き忘れた。特別って言ってたけど……まあいい、生きてるなら)
少しして、スミレが戻ってきた。手には一つのマスクを持っている。
「はい、これ……あなたに」スミレは恥ずかしそうに俯いた。
「助かった!命の恩人だ!」カミナリは感謝しながらマスクを装着し、授業へ戻った。
体育の授業も終わり、教師が声を張る。
「よし!解散!」
「やっと地獄から解放された……」カミナリは安堵の息をつき、校門を出る。
『なぁ、お前……あの女の名前は?』
「スミレ」
短い沈黙のあと――
『まっっっっっってええええええ!!!』
「うおおっ!なんだよ急に!」カミナリは飛び上がった。
『その女は“執行者”に何らかの関係がある!お前の母親が所属していた組織だぞ!!』
「はぁ!? 俺の母さん!?」カミナリは驚きのあまり郵便ポストにぶつかった。
『どこへ行った?』
「授業終わったあと帰ったけど……でも執行者ってなんだよ?シャカズキも言ってたけど」
『執行者は十二人の超戦闘存在の集まりで、その一人一人が黒臣を一撃で倒せる力を持っていた。俺の先祖に敵対し、地獄の業火で滅ぼされたはずだ。お前の母親は炎が効かなかったから生き残った。他に生き延びた奴がいるとは思わなかった……』
「……もし母さんと知り合いだったなら、仲良くしておく必要があるな」カミナリは真剣な顔で呟く。
自宅に着き、カミナリは伸びをしながら呟く。
「あーやっと帰った。飯食って――」
その瞬間、目の前に透明なポータルが現れ、中から謎の手が伸びてきてカミナリのネクタイを掴んだ。
「ぎゃああああああああ!!! 強盗だーーー!!!」カミナリは必死にその手を空手チョップで叩くが、全く効果がない。
「やめろ!俺まだ未成年だぞ!」
『はいはい、また誘拐ね。よくあることだ』魔王が皮肉っぽく呟く。
ポータルはカミナリを丸ごと飲み込み、跡形もなく消えた。
—つづく