アカガミの少女
一年間の過酷な修行と完全な孤立の末、早本神鳴は世間から姿を消していた。
彼を嫌っていたクラスメイトや近所の人々は、「あの少年はどうなったのか」と噂していた。
そして今――ちょうど一年後、彼は学校に戻る準備をしていた。
鏡の前に立ち、神鳴は慎重にネクタイを直す。
「ふむ……」と考え込むように唸り、「よし……これが今の俺か。修行で少しは変わったな。」
鏡に映る姿に満足げに頷く。背はついに180センチに届き、鍛え上げた筋肉が服越しにも分かる。靴を履きながら、にやりと笑う。
ニキビも完全に消えていた。
「アーッ! アァッ!」と声を試す。低く響く声が部屋に広がる。「……いいな、これ。」
登校の道すがら、神鳴は空を見上げて考え込む。
「変わったことや……シャカズキのことは隠しておいた方がいいな。」
そう呟き、たくましい前腕を隠すように袖を引き下ろした。
考えに没頭していたそのとき、角を曲がってきた誰かとぶつかる。
「わっ!」少女がよろけ、すぐに深く頭を下げた。
「す、すみません! 本当にすみません!」
「いやいや、俺の方こそ悪い。」神鳴はすぐに立ち直り、優しい声で返す。
彼は彼女の鮮やかな赤髪と柔らかな顔立ち、そして自分と同じ制服に気づいた。
「おや、同じ学校か? 初めて見る顔だな。」
少女は落ちた本を拾いながら、まだうつむいたまま答える。
「はい、新入生で……勉強を楽しみに――」
顔を上げた瞬間、彼女は固まり、頬を真っ赤に染めて口元を手で覆った。
(声が低い……背が高い……まるで主人公みたい!)
神鳴は首をかしげる。「おい、なんで顔を隠してるんだ?」
「い、いえ! 別に!」少女――スミレは視線を逸らし、さらに赤くなる。
「変わってるな……寒いのか?」と神鳴は首を傾げる。「まあいい、名前を聞いても?」
「えっ……スミレです。よろしくお願いします。」
「神鳴だ。よろしくな。」
(雷……まさに彼にぴったりの名前……)スミレは心の中でつぶやく。
二人で学校へ向かう途中、突風が吹きスミレの髪が神鳴の顔にかかる。
「うわっ……髪が口に!」
「す、すみません!」スミレは慌てて髪を引き戻す。
少し間を置いて、神鳴が笑顔で言った。
「いい匂いだな。」
スミレの思考は一瞬停止した。
気を取り直そうと、スミレはおずおずと尋ねる。
「神鳴くん、この学校にはどれくらい通っているんですか?」
「二年目だな……いや、正確には……」と神鳴は頭をかきながら曖昧に答える。
「一年生ですか? でもさっき二年って……」
「ははは……なんか……進級できなかったんだよな。」
校門に近づいたとき、耳障りな声が響く。
「おう! 一年ぶりだな、カミヤのアホ!」
神鳴の表情が一気に険しくなる。「……チッ。行こう、スミレ。」
「おい、そいつ誰だ?」荒田がニヤつきながらスミレを見やる。「彼女か?」と下品に笑う。
「関係ないだろ、荒田。」神鳴はスミレをかばうように前に出る。
「おぉ? 1年で随分調子づいたじゃねぇか。俺らの“特別扱い”を忘れたか? おいレンジ!」
炎を指先に灯し、蓮司が不敵に歩み寄る。「炭になる覚悟はできたか?」
神鳴の瞳が鋭く光る。脳裏に、母の形見を焼かれた記憶がよぎる。
(こいつらか……何も変わっちゃいない。)
胸の奥で魔王の声が響く。
『おい、また見せびらかしたら、お前の魂を引きずり下ろすぞ。七日だ、忘れるなよ。』
(そうだ、契約……)神鳴は小さく息を吐く。「心配するな。所詮ただの人間だ。」
「なんだ? 助けを呼んでんのか? 神でも助けられねぇぞ。」蓮司が嘲る。
次の瞬間、神鳴は蓮司の鳩尾を一撃し、すぐに構えを解いた。
「さて――」と言いかけた蓮司の声が途切れ、崩れ落ちる。
「れ、レンジ!」荒田が慌てて駆け寄る。
「せ、先輩……光が……見える……」
「それは校舎のランプだバカ!」荒田は舌打ちし、蓮司を引きずって校舎に入った。
(くだらねぇ……今は力を使えない。)神鳴は心の中で吐き捨てる。
「助けてくれてありがとう。」スミレが小声で言う。
「助けた?」神鳴は首を傾げる。
「昨日、あの人たちに絡まれてたんです。」
「気にするな、あんなやつら。」
六時間の授業は平穏に過ぎ――体育の時間。
「よし神鳴、この握力計を一回握って内部評価に記録するぞ。」体育教師が言う。
神鳴は何気なく握力計を握り――バキッ! 一瞬で粉砕した。
ボタンが弾丸のように飛び、壁に突き刺さる。室内に重い沈黙が落ちた。
神鳴は固まり、顔が引きつる。
――その瞬間、恐ろしい現実が脳裏をよぎる。契約で最も厳しく禁じられていた「力の露見」。それを明らかに破ってしまった。
「おお、クソッ……」
――つづく