真相
「神鳴… 俺だ… 釈月だ…」地獄は弱々しく囁いた。
神鳴の胸は激しく高鳴り、震える釈月の肩を強く掴んだ。
「だめだ――眠るな! まだ助けられる!」
釈月はかすかな笑みを浮かべ、息は震え、途切れがちだった。
「神鳴… どうにもならないこともある…」そう言って咳込み、血が唇から滴り落ちた。
「俺は黒神様に仕えて… 三年間で… 鬼になった。」
「なぜだ?」神鳴の声は後悔に滲んだ。「お前だとは… 思わなかった。お前は俺の唯一の友だったのに!」
「そうだ…」釈月はまた咳き込んだ。「俺はお前を… 学校での連中から守れなかった… 務めを果たせなかった…」
「でも、俺はこんなことを望んじゃいなかった!」神鳴の声は震え、一粒の涙が頬を伝った。
「お前は初めての友なのに… 俺はお前にこんなことをしてしまった。くそっ! やっと戻ってきたのに! なぜみんな… 俺から離れていくんだ!」
釈月の手が震え、そっと神鳴の腕に触れた。
「聞け… お前は母さんが心臓発作で死んだと思ってるだろ? それは違う…」
神鳴の呼吸が止まり、全身が硬直した。
「母さんは、執行者という組織の精鋭メンバーだった…」釈月は咳き込みながら続けた。「だが… 残念ながら…」
一瞬の沈黙。
「殺されたんだ、神鳴…」
神鳴の背筋に冷たいものが走り、握る手に力がこもった。「殺された…? 母さんが…? そんなはずはない。」
言葉は胸の奥で反響し、鼓動が早まる。「執行者… 母さんは執行者だったのか? でも… 執行者って一体何なんだ?」
釈月はかすかに笑った。「時が来れば分かるさ。」
「じゃあ… 誰が母さんを殺したんだ?」
「分からない…」釈月は口から血を垂らしながら必死に声を絞り出した。「だが黒神様は知っている… 俺はあの二人が戦っているのを見た… あの力… 恐ろしいほど強大だった… そして俺は…」咳が激しくなり、声がかすれていく。「母さんのオーラを… 吸収してしまった…」
「黒神は執行者なのか?」神鳴の頭には黒神、戦い、そして釈月が語ったオーラの光景が次々と浮かぶ。
「違う…」釈月は弱々しく囁き、穏やかな笑みを浮かべた。
「神鳴… 俺は驚いた… お前のオーラは… まるで――と感じた…」
彼の手がゆっくりと伸び、神鳴の頬に触れた。笑みを浮かべたまま、その瞳から光が消えていく。手が力なく地面に落ちた。
神鳴は震える手を釈月の胸に当て、かすかな鼓動が静かに消えていくのを感じた。
「釈月?」神鳴は必死に呼びかけた。「おい! 釈月!」
沈黙。何も返ってこない。
「釈月ィィィ!!」
その慟哭は虚空に響き渡り、涙が頬を伝い、闇が彼を包み込んだ。
――
神鳴が目を開けると、見知らぬベッドで身動きが取れなかった。
やがて指先が、次に腕が、痛みに耐えながら動き出す。胃の奥がねじれるような不快感が走った。
「ここは…? 俺、何してたんだっけ…」神鳴はうめくように呟いた。
「お前のオーラはほとんど消えかけていた――心拍も弱く、瀕死だった。丸一週間も意識を失っていたんだ。生き残れたのは運が良かっただけだ。命が惜しいなら大人しく寝ていろ。」
低く唸るような声が答えた。苛立ちの中に、どこか心配そうな響きがあった。
神鳴は大きくため息をついた。「おい、デビルキング… おい! しぃーっ!」
「今度は何だ!」デビルキングは腕を組み、苛立ったように返した。
「なんでそんな、心配してる母親みたいな口調なんだよ?」
デビルキングの顔が一瞬で赤くなり、怒りを滲ませた。「なっ…! 俺は全ての悪魔の王だぞ! 子供扱いするな!」
神鳴は疲れた笑みを浮かべた。「…やっぱ全部本当だったのか…」
「さっきも言ったが、お前のオーラは消えかけていた。」デビルキングは鼻を鳴らした。
「戦ってた時、何が起きてたか知ってたのか?」
「お前のオーラ… それは――」デビルキングの声が突然詰まり、見えない力に押し潰されるように途切れた。
「何だよ?」神鳴が詰め寄る。
「そのオーラ、お前は――」再び声が遮られた。
「はっきり言えよ、じじい!」
デビルキングは歯を食いしばった。「ちっ…! 何も言えん。名前を口にするだけで神罰が下る。あいつはまだ人々を弄んでいる。」
「500年も生きたデビルキングがはっきり喋れないって冗談だろ!」
「簡単な話じゃねぇ!」デビルキングは吐き捨てるように言った。
神鳴は拳を握り締めた。「じゃあ教えろ! 俺は一体何者なんだ!」
「言えない!」デビルキングの声が苦しげに詰まり、まるで喉を締め上げられるようだった。空気が重く淀み、神鳴は思わず身震いした。
「…あいつが… 全員を見ている…」
「それって… 黒神の仕業か?」神鳴の声が震える。
「違う…」デビルキングは恐怖に満ちた声で囁いた。神鳴が出会って以来、初めて見るその表情は、本物の怯えだった。重苦しい圧力がゆっくりと消えていくが、胸の奥には不吉な感覚だけが残った。
「俺… どうなってるんだ…? 普通に生きて、少しの力だけ持って… そんな生活がしたいだけなのに… 夢の中でまで――」
「夢じゃなかった。」デビルキングは静かに遮った。
「じゃあ本当なんだな…」神鳴の声には痛みが滲んでいた。「釈月… 母さん… 俺は弱かった… 守れなかった…」
「ガキみたいに拗ねやがって。情けねぇ。」デビルキングは低く唸った。
神鳴は何も言わず、ただ前を見据えた。
「大切な奴を失った? それで何だ。布団にくるまって泣き続けるのか?」
神鳴は目を閉じ、拳を強く握り締めた。爪が掌に食い込む。
「もし力があれば… 守れたはずだ… でも出来なかった… いつも守ってくれたのは釈月だった。俺は落ちこぼれだった… だけど… 落ちこぼれのままで終わりたくない。」
ゆっくりと顔を上げ、その瞳には決意が宿っていた。
「強くならなきゃ… 二度と… 大切な人を失わないために… 弱き者を守るために…」神鳴は拳を握りしめた。「運命すら俺の意志に屈するほど… 強くなる!」
デビルキングは黙って神鳴を見つめ、その瞳にわずかな希望を宿した。
その日から、神鳴は学校から姿を消した。
彼は決意を胸に、日々の鍛錬に身を投じた――数百回の腕立て伏せ、終わりなき腹筋、苛烈な武術稽古、そして倒れるまでの全力疾走。
「ここで流す汗一滴は… 外で失わない血一滴だ。」
胸には新たな誓いが刻まれた――母の仇を討つこと、そして二度と誰も失わないこと。
――続く