覚醒
黒い外套に包まれたその人物から、背筋を這い上がるような恐ろしい《オーラ》が放たれた。
神鳴の背筋に、氷の刃のような悪寒が走る。
「よし……まずは確認だ」神鳴は焦ったように自分の体を叩き、息を整えた。
「……生きてるな。で、二つ目――」視線を周囲に走らせながら、小声で呟く。
「ここからどうやって逃げる?」
低く、不気味な声が空間を満たす。
「貴様は呪われし次元に足を踏み入れた……そこでは、死が――」
神鳴はためらうことなく、足元の石を拾って声のする方へ投げつけた。
「いや、黙れ。今日はもう散々なんだよ」
短い沈黙が訪れる。
「――毒霧!」
声と同時に、濁った瘴気が迫る。
神鳴は反射的に跳び上がり、間一髪で致死の霧を避けた。
「よし、落ち着け……マンガでよくあるやつだ――」
しかし、外套の敵は即座に跳躍し、神鳴を追い詰める。
「いやいやいや! こんなのマンガに載ってねぇだろ!」
空中で必死に足を動かすが、もちろん逃げ場などない。
次の瞬間、悪魔の上段蹴りが神鳴の顎を撃ち抜いた。
体は宙を舞い、毒霧の中へと叩き落とされる。
「我は《地獄》」
冷ややかな宣告が響いた。
激しく咳き込みながら、神鳴はふらつく足取りで霧から抜け出す。
痺れがじわじわと体を侵していく。
「……いいね、いいね……でも戦う前に、一つだけ聞きたいことがある」
ジゴクは鼻で笑い、面倒そうに言う。
「……言え」
「お前の名前ってさ、『ジーゴク』って読むの? それとも『ジゴーク』?」
神鳴は真剣な顔で問いかける。
「だって、これから俺のケツを蹴りにくる相手に、失礼はしたくないだろ」
ジゴクは一瞬固まり――苛立ったように吐き捨てた。
「……そんなこと、どうでもいいだろ!」
「いやいや、どうせボコられるなら、痛みに叫ぶ時くらいは正しく呼びたいじゃん」
「チッ!」ジゴクは頭を押さえ、苛立ちを隠さない。
「貴様……どうやってこの次元に入り、そして……魔王を解放した?」
「俺は……みっともなくなんかねぇ」
神鳴は視線を内に向ける。
「魔王! ちょっとだけ《オーラ》を貸せ!」
『ほい!』魔王の声が響く。
神鳴が返事をする前に、ジゴクの蹴りが再び襲いかかる。
透明な壁を粉砕し、その衝撃で神鳴の体が吹き飛ぶ。
しかし――魔王から授かった《オーラ》が、彼の速度を一変させた。
ジゴクの攻撃と互角に渡り合えるほどに。
『おい、間抜け!』
魔王の苛立った声が響いた。
神鳴は必死に悪魔の連打をかわそうとするが、痺れた体は思うように動かない。
次の瞬間、ジゴクの反時計回りの回し蹴りが側頭部を捉え、神鳴の体は宙を舞った。
震える足で立ち上がり、神鳴は必死に拳を繰り出す。
だがジゴクはすべてを軽やかにかわし、その動きはあざ笑うかのように滑らかだった。
「――この一撃で、貴様の物語は幕を閉じる」
拳に不気味な桃色の《オーラ》をまとわせ、ジゴクは無慈悲に神鳴の鳩尾へと突き込んだ。
鈍い衝撃と共に、神鳴の口から血が溢れる。壁にもたれかかり、深く傷ついた体は重く沈んだ。
ジゴクは冷たく言い放つ。
「――ゲームオーバーだ」
意識が遠のく中、神鳴の心は闇に沈む。
(……何を考えてたんだ、俺は……俺は弱い。ずっとそうだった。いつも殴られ、笑われ……)
ジゴクは背を向け、歩き出す。
脳裏に、これまでの全てが押し寄せる――
容赦ない暴力、屈辱的な笑い声、孤独。
母は心臓発作でこの世を去り、父は病院のベッドに縛られ、唯一の友・シャカズキは行方不明。
涙と血が混じり、胸の奥から怒りがせり上がる。
「……今回は――」
ゆっくりと立ち上がり、神鳴ははっきりとした声で告げた。
「俺が……勝つ」
ジゴクが足を止め、肩越しに冷笑を投げる。
「ここが……弱者の終わりだ」
神鳴は拳を握りしめ、手のひらに黒い《オーラ》が一瞬だけ火花のように走る。
地面をえぐるほど強く、指先に力がこもる。
「もう二度と……絶対に……負けない」
「……今のは何のつもりだ?」ジゴクが嘲り、前へ踏み込む。
その瞬間――
「言っただろ……今回は、俺が――勝つって!!!」
神鳴の体から爆発的な黒い《オーラ》が噴き上がり、全身を包み込む。
それは、魔王すら知らぬ力だった。
『な……何だと!? これは俺の力じゃねぇ! あいつに何が起きてやがる!?』
魔王の驚愕が響く。
しかしジゴクは怯まず、狂気じみた笑い声を上げる。
「何をしようが、貴様は狩られる運命だ!」
「――動くな」
神鳴の声は低く、地を這うような恐怖を帯びていた。
次の瞬間、神鳴の姿が掻き消え、強烈な拳がジゴクを後退させる。
ジゴクは口元を歪め、不敵に笑う。
「ようやく面白くなってきたな……!」
二人は視界を超える速度で激突した。
神鳴の連打が嵐のように降り注ぎ、ジゴクを防御一辺倒に追い込む。
だがジゴクは反撃に転じ、神鳴の拳を掴んで宙へ投げ上げる――
その瞬間、神鳴の黒い《オーラ》が触手のように伸び、彼の体を守る。
「……俺の母は死んだ」
神鳴の声が怒りに震える。
「なのに……なぜお前から、母さんの《オーラ》を感じる? お前は……一体何者だ!」
ジゴクは一瞬だけ動きを止め――すぐに桃色の《オーラ》を纏った拳で突進する。
だが神鳴はその肘を掴み、渾身の蹴りを腹に叩き込む。
ジゴクは口角を吊り上げる。
「……カミナリ、だな? 本気を出すとしよう」
ジゴクは宙へ舞い上がり、嵐のような拳を叩き込む。
その一撃ごとに生じる空気の刃が神鳴の肌を裂き、血が舞った。
視界が揺れ、意識が遠のく――
気がつけば、全身を包んでいた黒い《オーラ》は消え、唯一、右拳だけが闇に覆われていた。
(……俺は……気を失ってたのか? なのに……どうやって戦い続けて……?)
『考える暇はねぇ! 今だ、奴は隙だらけだ!』
魔王の声が頭に響く。
神鳴は本能だけを信じ、ジゴクのカウンターを紙一重で回避――
そのまま渾身の拳を鳩尾へ叩き込んだ。
「ぐっ……!」
ジゴクの口から鮮血が迸る。黒い《オーラ》の圧に飲まれ、膝をつきかけた。
「……本当のお前は誰だ」
神鳴の眼光が鋭く突き刺さる。
ジゴクは弱々しくも、どこか懐かしむような笑みを浮かべた。
「……カミナリさん、お前……こんなに強かったのか。俺のやってきたことは……全部、無駄だったみたいだな」
「……何……?」
神鳴の心臓が強く跳ねる。嫌な予感が、胸を締め付けた。
ゆっくりと――ジゴクはフードへ手をかける。
その仕草に、神鳴の呼吸は乱れ、喉が塞がれる。
フードが静かに落ちる――
その顔を見た瞬間、神鳴の全身が凍りついた。
「……久しぶりだな、カミナリさん」
ジゴクの声は、どこか寂しげで、後悔を滲ませていた。
「……っ……な、な……嘘だろ……!」
神鳴は言葉を失い、声は震え、視界が揺れる。
――つづく
まだだ…まだ物語は始まっていない!
これはただの前触れ、嵐の前の静けさにすぎない。
物語が動き出した瞬間、君は全章で鳥肌を止められなくなるだろう!
次の章――そこで待つのは、衝撃の真実だ!
覚悟して待て!!