無力(パワーレス)
彼女のブレスレットが――粉々に砕けた。
母さんの形見……俺に残された唯一のものが、やつらの足元で踏み潰された。まるで何でもないゴミのように。
泣かなかった。叫ばなかった。
ただ立ち尽くし、世界が俺を笑うのを黙って受け入れた。
そして――世界が変わった。
真紅の空が裂け、闇の奥から声が響く。
静寂の中、鎖の音がカチャリと鳴った。
そして――それは現れた。
まるで俺を待ち続けていたかのような、巨大な影。
「……お前が、《悪魔王》か?」
《神鳴》ハヤモトは、その巨体を見上げながら目を細めた。
全身を覆う赤い毛並み。
神造金属の鎖に大地へ縛り付けられ、その息ひとつでこの世界を揺らす獣。
轟く声が虚無の空間を支配した。
「人間ごときが……我に問いかけるか」
「誰があんたをここに閉じ込めた? それに、地球は一体どうなってる?」
「……神だ」獣は低く唸った。その声には、古の怨嗟が染みついている。
「天の理を見ればわかる……この宇宙は終焉に向かっている。十年……いや、それより早いかもしれぬ」
神鳴の目が細くなる。
「神に閉じ込められて……宇宙があと十年で滅びる? ……何か隠してないか?」
《悪魔王》は鼻で笑った。
「救いようのない愚か者だな。大事なことはすべて言った」
「俺は愚か者だよ」神鳴は震える手を見下ろしながら呟く。
「こんなに苦しんでも……まだ生きてる」
沈黙が落ちる。
紅い瞳が、凍てつくような光を宿して細められる。
やがて、低く冷たい声が響いた。
「この世で悲しみを知るのは……貴様だけだと思っているのか?」
「知らねぇよ!」神鳴は声を荒げた。怒りで手が震える。
「俺の問題は……俺だけのもんだ!」
荒い息を吐き、目に炎を宿す。
「悲しみ比べに来たんじゃねぇ! 俺は毎日、溺れてるんだよ!」拳を握りしめる。
「一日一日がどういう地獄か……今日、何があったか……お前にわかるか?! 聞け!」
ここから先、学校のシーン、ブレスレット破壊、そして異世界転移までを同じ調子で続け、最後の黒衣の人物登場まで全部翻訳します。
もしOKなら、この続きを一気に書き上げて**完全版第一章(日本語)**として完成させます。
続き、進めていいですか?
これだとあなたの原作のテンポと雰囲気をそのまま保てます。
数時間前――現実世界にて。
陽光が教室の窓から差し込み、白いチョークの粉と退屈な空気が漂っていた。
「数年前、人々は奇妙な現象を覚醒させ始めた――政府はそれを《オーラ》と名付けた」
歴史教師の声は乾いていたが、その口調には確かな重みがあった。
「強い感情……恐怖、怒り、悲しみ。それらが引き金になる」
神鳴は窓際の席で頬杖をつき、虚ろな目で外を見つめていた。
(そんなの……普通のことだろ。じゃあ、なんで俺は覚醒しねぇ? 悲しみも怒りも……月を吹き飛ばせるくらいはあるのに)
――放課後。
廊下の奥から二つの影が現れる。
《新田》と《蓮司》。
その存在感は光を飲み込む影のようで、ロッカー前の神鳴を壁際へと追い詰めた。
「俺たちの宿題、やれ」
新田の声は鋭く、悪びれもしない。
「……やらない」神鳴の声は震えていた。「……絶対に」
新田の口元が嘲笑に歪む。「……不正解だな」
次の瞬間、蓮司が神鳴の手首を掴み、そこにあった細いブレスレットを乱暴に引きちぎった。
息が喉で詰まる。
「やめろ! それは……母さんの――!」
蓮司の指先に炎の《オーラ》が灯る。
カシュッ!
灼熱の閃光がブレスレットを飲み込み、一瞬で灰に変えた。
……世界が、砕けた。
廊下は静まり返る――はずだった。
だが実際には、笑い声が響いた。
残酷で、耳障りで……まるで見世物でも見ているかのように。
「逆らうなよ」蓮司の声は氷のように冷たい。
新田が顔を近づけ、吐き捨てる。
「お前のツラ……気に食わねぇんだよ」
ドスッ!
蹴りが鳩尾に突き刺さり、肺の空気が一気に押し出される。
神鳴は床に崩れ落ち、激痛に腹を押さえた。
「助けてくれ!! お願いだ!」
必死の叫びは、誰の耳にも届かない。
……誰も動かなかった。
夕方、川辺。
空は青から夜へと溶けていく色を見せ、水面は弱々しく揺れていた。
神鳴は一人、川面に映る自分の顔を見つめる。
(……なんで、俺はこんなに弱いんだ? なんで、誰も……)
石を握りしめたまま、神鳴は低く呟いた。
「……力が必要だ。誰よりも強い力が。奇跡でも何でもいいから寄こせ!」
拳を握り締め、声を荒げる。
「その力さえあれば、弱きを守ると誓う! 正義を貫くと誓う! だから……」
苛立ちを隠さず、怒りに満ちた目で空を睨み上げた。
「――力が欲しいんだ!!」
風が頬を撫で、世界が静止する。
……返事はなかった。
神鳴は小さくかぶりを振り、苦笑を漏らす。
「……だよな。奇跡なんて、あるわけない」
そのまま帰路につく。
歩を進めるほどに、心は重く沈んでいった。
(……これで終わりか。明日も目が覚めて、また学校に行って、またいじめられて……永遠に同じ日々の繰り返し)
「……何か超常的なことでも起きねぇかな。急に空を飛べたり、オーラが覚醒したりとかさ」
独り言のように呟く。
その瞬間――
コツン。
小石が頭に当たり、反射的に顔を上げた。
足がもつれ、次の瞬間、工事現場の開いた穴へと転げ落ちる。
刹那、全身を包み込む――正体不明の《オーラ》。
そして、神鳴の姿は地球から消えていた。
神鳴はうめき声を上げながら、見知らぬ地面に横たわっていた。
「……穴に落ちた……俺、死んだのか? もしかして願いすぎた?」
周囲の世界が、不気味な赤い光で脈打っている。
(待てよ……これ……ここは地球じゃない。……よし、変な光る霧? 確認。重力なし? 確認。火と後悔の匂い? ダブル確認。異世界転移? これ完全にマンガレベルの展開だろ。俺、主人公なのか? で、俺の力は?)
ゆっくりと立ち上がり、服についた埃を払い落とす。
奇妙な空気の中に、深く疲れ切った溜息が響いた。
「……何百年ぶりだ……来たのがガキとはな」
神鳴は凍りつき、ゆっくりと振り返った。
そこには――巨大な、赤毛の獣がそびえ立っていた。
軽く四百フィートはある巨体。
長く鋭い牙が真紅の光を反射し、その全身は神造金属の鎖で地面に縛りつけられている。
その姿は、生きた山のようだった。
そして――咆哮が轟く。
その声は大地を揺らすほどの威圧を帯び、神鳴の膝は震え、全身がその圧力に押し潰されそうになる。
しかし、それは一瞬で消え去った。
巨獣は長く息を吐き出す。
「……解放しろ、取るに足らぬ人間の小僧よ」
神鳴は無表情のまま、その光景を見つめた。
(……いやいやいや。これもうマンガじゃねぇだろ。これは“世界終末級ラスボス”ってやつだ)
まだ呆然としたまま、神鳴はその巨体を観察する。
動く気配はない。
だが、燃えるような眼光がまっすぐこちらを射抜いてくる。
一歩、後ずさる神鳴。
巨獣の息に合わせて、鎖がわずかにガチャリと鳴った。
(……なんだこいつ……悪魔か? 化け物か?)
瞬きをする。
(……いや、これ現実じゃねぇ。鎖に繋がれた巨大な獣が喋ってるとか……)
不思議と恐怖は薄れていた。
いや、獣の威圧が消えたわけじゃない。
ただ――さっきまで胸を締め付けていた痛みや無力感が、今は遠く感じる。
馬鹿げた状況が、逆に自分を落ち着かせていた。
ゆっくりと息を吐く神鳴。
困惑の奥に、奇妙な冷静さが芽生えていく。
巨獣は重く、威厳ある声で告げた。
「よく聞け……我こそが、《悪魔王》だ」
「……ってことは……あんたが《悪魔王》ってわけか?」
《悪魔王》の声が、空間全体に雷鳴のように響き渡る。
「人間ごときが……我に疑いをかけるか」
神鳴は首をかしげた。
「誰があんたをここに閉じ込めたんだ? それと……地球で何が起きてる?」
「……神だ」
低く唸る声。その響きには、古代から積み重なった怨嗟が宿っていた。
「天の理を考えればわかる……宇宙の終焉は近い。お前らの地球も、その犠牲にすぎん」
神鳴はゆっくり瞬きをした。
「……それ、普通に恐ろしいんだけど……何か俺に隠してることは?」
《悪魔王》は小さく鼻を鳴らした。
「救いようのない愚か者だ……重要なことは、すべてもう話した」
「……俺って、やっぱ馬鹿だな」
神鳴は震える手を見下ろしながら呟く。
「こんなに苦しんでも……まだ生きてる」
しばし沈黙。
紅い瞳が細まり、空気が張り詰める。
やがて――低く冷えた声が落ちた。
「この世で悲しみを知るのは……お前だけだと思っているのか?」
「知らねぇよ!」神鳴は声を荒げ、怒りで手を震わせた。
「俺の問題は……俺だけのもんだ!」
荒い息を吐き、炎のような目で睨み返す。
「悲しみ比べに来たんじゃねぇ! 俺は毎日、溺れてるんだよ!」
拳を握りしめる。
「一日一日がどういう地獄か……今日、何があったか……お前にわかるか?! わかんねぇだろ! だったら聞け!」
現在――
「……ってことは、あんたが本当に《悪魔王》ってわけか?」
《悪魔王》の声が空間全体に轟き渡った。
「人間ごときが……我に疑いをかけるか」
神鳴は首をかしげる。
「誰があんたをここに閉じ込めたんだ? それと……地球で何が起きてる?」
「……神だ」
《悪魔王》は唸るように答え、その声には古代から積もった怨嗟がにじんでいた。
「天の理を考えればわかる……宇宙の終焉は近い。お前らの地球も、その犠牲にすぎん」
神鳴はゆっくり瞬きをし、その言葉を処理する。
「……それ、普通に恐ろしいんだけど……何か隠してることは?」
《悪魔王》は一瞬沈黙し、つまらなそうに言った。
「救いようのない愚か者だ……重要なことは、すべてもう話した」
「……俺って、やっぱ馬鹿だな」
神鳴は震える手を見下ろしながら呟く。
「こんなに苦しんでも……まだ生きてる」
しばらくの間、《悪魔王》は何も言わなかった。
紅い瞳が細まり、空気を突き刺すような沈黙が広がる。
やがて――低く冷たい声が落ちた。
「この世で悲しみを知るのは……お前だけだと思っているのか?」
「知らねぇよ!」
神鳴は叫び、声が裏返るほど怒りで手を震わせた。
「俺の問題は……俺だけのもんだ!」
荒く息を吸い込み、目を燃やす。
「悲しみ比べに来たんじゃねぇ! 俺は毎日、溺れてるんだよ!」
拳を握りしめる。
「一日一日がどういう地獄か……今日、何があったか……お前にわかるか?! わかんねぇだろ! だから聞け!」
神鳴の声は恐怖ではなく、抑えきれない怒りで震えていた。
《悪魔王》はゆっくりと息を吐く。その長く重い呼吸が闇に響く。
「……お前は宇宙が直面している規模を理解していない」
その声は深く、古の虚無そのもののようだった。
「私は何千年も生き、星の崩壊や帝国の滅亡を見てきた。お前の精神を打ち砕く真実を知っている」
神鳴は荒い呼吸のまま見据える。胸は高鳴っていたが、その視線は揺らがない。
「……つまり……あんたが《悪魔王》なんだな」
影に覆われた巨体は沈黙を保つ。
「お前は数え切れないほどの命を奪い……世界が燃えるのを見届けてきた。それで……俺の前に立ってる」
《悪魔王》の目が細まり、沈黙はさらに重くなる。
「もう……あんたを恐れたりはしない」
一歩踏み出す《悪魔王》。空気が震え、その声は鋭く低く変わる。
「貴様……我にその口をきくか? 貴様は、自分の理解を遥かに超えた存在の前に立っている。塵にすぎぬ身で」
神鳴は拳を握り締めた。
「そうかもな……だが、世界が求めるなら塵でも立ち上がる」
その言葉に、《悪魔王》は動きを止めた。
神鳴は鋭い目で見据える。
「……あんた、長いこと休んでないんじゃないか?」
その表情に、わずかに苦味、誇り、そして疲労がよぎった。
《悪魔王》は暗闇の奥へ視線を向ける。
「休息は弱者の贅沢だ。本物の支配者は永遠を背負う……覚醒したまま、孤独に」
再び神鳴を見据える。
その声には初めて、傲慢さがなかった。
「いいか……私はお前に恐怖を要求するのではない……命じるのだ」
神鳴は首をかしげ、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「恐怖? 鎖に繋がれて、半分死にかけてて、百年くらい瞬きもしてない奴に? 悪いけど、まだ震えてねぇよ」
《悪魔王》の目が怒りに燃える。
「無礼者!」
「ふーん……」神鳴は顎に手を当てる。
「つまりあんたは、五百年モノの悪魔の王で……怒りとアドレナリンだけで動いてるってわけか?」
「愚か者!」《悪魔王》は咆哮した。
「我は弱者の苦悶と人間の絶望を糧としている!」
神鳴はゆっくりとうなずく。
「なるほど……つまり寝ない嵐ってことだな」
《悪魔王》は巨腕を握りしめ、赤い《オーラ》を激しく燃え上がらせた。
「貴様の戯言には飽きた! 自分の状況が理解できているのか!?」
「正直? まったくな」神鳴は肩をすくめる。
《悪魔王》は苛立ちを隠さず息を吐く。
低く響く声で言った。
「……私はお前のすべてを知っている」
鎖に繋がれた巨体がわずかに前へ傾き、燃えるような瞳を外さない。
そして神鳴の過去を語り始めた――
幼少期の記憶、学校での屈辱、深い後悔、あのいじめ、ブレスレット……心の奥底に隠してきた言葉まで。
神鳴の目が驚きに見開かれる。
(……全部知ってる……あんな恥ずかしいことまで?)
「……どうやって全部知った?」神鳴は動揺を隠せない。
「この領域は私の意思で形作られている。そして――お前を傷つけるつもりはない」
《悪魔王》はわずかに首を傾け、鎖がジャラリと鳴る。
「だから、この鎖を解け。そうすれば力を与えてやる」
「穴に落ちて、悪魔の世界に飛ばされて、今は巨大な毛むくじゃらと漫才……これ以上おかしくなりようがねぇな」
神鳴は淡々と言う。
「なら簡単に説明してやろう。鎖を解け。その見返りに、お前に力をくれてやる――あの下らぬいじめっ子どもも、二度とお前に手出しできぬほどのな」
《悪魔王》の声は低く響く。
「拒めば……今ここで後悔させてやる」
「わかった。でも戦う前に一つ聞いておきたいことがある」
神鳴は手を上げる。
「言え、愚か者」
「……もし仮に俺が勝ったら、次の《悪魔王》ってことになるのか?」
「何だと?! そんな仕組みではない!」
神鳴の目が細まり、好奇心は消える。
「なるほどな」
「もういい……口を閉じろ」
《悪魔王》が大口を開き、真紅の光線を吐き出す。
空気を裂く閃光が神鳴の横を通り抜け、地面を爆ぜさせた。
轟音と衝撃波が空間を揺らす。
神鳴は一歩後退し、腕で顔を庇う。熱と砂塵が全身を包み、胸が締め付けられる。
(……これが、かつて魔族を支配していた存在の力……)
《悪魔王》の怒声が響く。
「……私を試すな、人間」
(……今の一撃、本気なら俺は死んでた……でも撃たなかった)
鼓動が落ち着き、神鳴は腕を下ろす。
真っ直ぐ立ち、視線を鋭くする。
「……いいだろう。解放してやる。ただし――あの鍵、明らかに人間の力じゃ持てねぇぞ」
「案ずるな。一部の力を分け与える」
《悪魔王》は目を閉じ、胸から赤い気体を放つ。それは神鳴の体に流れ込み、全身に変化が走る。
目を見開き、神鳴は巨大な鍵を持ち上げた――推定五トン。
「……今、何した……? (この力……全部手に入れたら無敵じゃねぇか……想像通りだ) 取引だ。この鎖を解く代わりに、力を全部寄越せ」
「馬鹿な! 私の力を全て受け止められる者などいない! 小物が……黙って鎖を外せ!」
神鳴は口元を歪める。
「へぇ……そうか。じゃあ腐ってろ。大物が来るまでな」
「小物が……! 私は《悪魔王》だ! 貴様ごときの手に負える存在ではない!」
「じゃあ開けねぇよ」
「……チッ!」
《悪魔王》は一瞬計算する。(この機を逃せば二千年は誰も来ない……奴はどうせ生き延びられぬ。契約しても損はない)
「……いいだろう。お前の中に封じられよう……だが体は支配しない」
「お? わかってるじゃねぇか。……で、どうやって信じろと?」
「小物よ……今のままでこの世界を生き延びられると思うのか? お前は叩きのめされ、踏みつけられ、捨てられた。それが私の力を得れば……誰も二度とお前に触れられぬ」
「……魅力的だな。だが馬鹿じゃねぇ。解放した途端に裏切られたらどうする?」
「愚か者! 裏切るつもりなら、今この場で体を奪っている! だがそれはできん。《オーラ》の契約は絶対だ。破られることはない。お前が主導権を握る」
「……つまり契約すれば、俺があんたを支配するってことか」
《悪魔王》はうなずいた。
「……(契約……歴史の授業で習ったな……代理契約ってやつ)……」
「黙れ!」《悪魔王》が急に唸る。
「気配を感じる……この鎖を解け! あの《オーラ》は強大だ!」
「まだ信じられねぇな。そいつが嘘の存在だったら? やっぱ裏切る気じゃねぇか?」
「愚か者……裏切れるなら、とっくにやっている」
(……確かに。あのビームの威力を考えれば、今殺されてもおかしくない。それでもやらないってことは……)
「お前の心にはまだ迷いがある。それを感じる」
(もしこれをやったら……俺は俺のままでいられるのか? 体を乗っ取られたら? 契約が効かなかったら? リスクはある……)
「……賭けるべきか?」
「奴が近づいてくる……ただ者じゃない。莫大な《オーラ》を持っている」
神鳴の脳裏に、優しく微笑む父の顔が浮かんだ。
『……世界に負けるな』
記憶が一気に溢れ出す――殴られた痛み、笑い声、あの日の屈辱……
(あんなこと……二度と繰り返させない)
「……いいだろう」神鳴は力強く言った。
「契約だ。俺の許可なしに体に触れるな。その代わり、鎖を解放してやる」
「契約成立だ! さぁ急げ!」
神鳴は歯を食いしばり、巨大な鍵を回す。
神鎖が砕け、《悪魔王》は咆哮した――そして赤い気体となり、神鳴の胸へと流れ込む。
空気が変わった。
凍えるような風が空間を走り抜ける。
神鳴は最初に感じた――息が詰まるほど冷たい、圧倒的な存在感。
足音が静かに響く。闇から姿を現したのは、重い黒衣をまとった人物。
顔は闇に覆われ、目だけが冷たく光っていた。
恐怖が胸を締め付け、その人物が数歩先で立ち止まる。
沈黙が空気を支配し――やがて、その声が響いた。
「……お前が、あいつを解放したのか」
その声は、死そのものの囁きだった。
現実がその存在を拒むかのような圧。
――そして神鳴は悟った。
これは……まだ始まりにすぎない。
――つづく
あとがき
『無力』を旅してくださり、ありがとうございます。
この物語は、ひとつの単純な問いから生まれました――
「もし世界が、英雄の準備を待たなかったら?」
神鳴の道は、とても個人的です。
彼は完璧ではなく、選ばれし者でもなく、勇敢ですらない。
けれど、確かに存在している。
私たちと同じように、彼は砕け、ためらい、それでも――立ち上がる。
あなたは、この先で目撃するでしょう。
痛みを。
裏切りを。
喪失を。
そして――悲しみから生まれる力を。
私は、この物語に心と魂のすべてを注ぎ込みました。
章を重ねるごとに、神と人間の戦いだけでなく、
すべてを失ったときに私たちの内側で始まる、もうひとつの戦いを見つけるはずです。
無力で、沈黙し、砕け散ったことがあるすべての人へ――
この物語を捧げます。
なぜなら、正しい形に生まれ変わるためには、
いったんすべてが壊れなければならないこともあるからです。
終わりは今。
それは平和の終焉だけでなく、
世界を縛りつけていた幻想の終焉でもある。
そしてその先に、新たな真実が現れるでしょう。
ここで、何か“本物”を感じてもらえたなら幸いです。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
――『Clash of Gods』作者