第七話 逆襲の狼煙
視点:レオン中尉
今日も今日とて、くさい塹壕の中で冷たくなった同志を見つつ冷たい缶詰を開ける。クソッタレな毎日だ。連邦の砲撃は止むことがなく、夜も落ち落ち眠れやしない、限界だ。歩兵団司令部に通信を試みているが、返っては来ない。届いていないのだろう。
大尉の率いていた部隊が全滅してから我が軍の士気は下がる一方で、ここが落ちるのも時間の問題であると考えていた。
「神はついに我々を見放したか。」
そんなことを心の中でぼやきつつ、再度通信を試みる。
「こちら一〇二中隊、レオン中尉、誰か応答願う。」
…ダメか、
「ザー、こちら"フロイライン"司令支部、ミーア臨時指揮官である。一〇二中隊、状況は?」
幻聴だろうか、いや、幻聴でもいい。神は、いや、帝国は我々を見捨ててはいなかったのだ。
とにかく、"司令支部"と通信が繋がったこと同志に伝え、有線でのやり取りができるよう急がせる。
時は進み。
司令支部と繋がってから中隊は士気を取り戻しつつあった。一日、後一日持ちさえすれば、我々の努力は報われるのだ。幸運なことに、敵軍からの砲撃は止んでいるらしい、何が起こっているのかなど我々には知る由がないが、きっと、神のご加護だろう。機関銃の残弾数にも余裕がありそうだ。このまま徐々に前線を後退させていく。
「全軍につぐ、こちら"フロイライン"しばらく通信が途絶える。したがって、現時刻をもって指揮権をレオン中尉に委ねる。」
…何が起こっているのか理解ができなかった。ふと高地へと目を向けると、眩い閃光と共に、頂上付近の土壌が抉り取られるのを目にした。
なるほど、最悪の状況であることは、この一瞬で理解することができた。だが、現状の最悪は今までの最悪とは大きく異なる。この地獄も後半日ほど、その半日のために、我が身を削ってでもこの前線を死守する。それがミーア臨時指揮官へのせめてもの手向けであろう。
視点回帰:ミーア・エッケルト
さて、どうしたものか、この高地はすでに安全ではなくなった。いっそのこと前線で指揮を取るか、いや、それは私よりもレオン中尉の方が適任であろう、となると砲兵部隊に行くのが良いだろうか。
「これより、我が隊は砲台へと向かう。通信兵、機器は無事か?」
隊員達の様子がおかしい、妙に萎縮している。
通信兵の青年が口を開く
「は、はい、無事であります。その、准尉は大丈夫でありますか?」
「ああ、至って問題はない。それより、貴官らの様子がおかしいようだが、何かあったのか?」
「僭越ながら、お答えしますと、先程の准尉の姿を見てかなりのショックを受けてしまったようで、准尉の姿を見ると先ほどの出来事がフラッシュバックするようでして。」
なるほど、私はいい年したおっさん兵二人と青年にトラウマを植え付けてしまったらしい。まあ、暫くしたら治るだろう。そんなことに気を取られていては、戦場で生き残ることはできないのだから… 徐ろに足を進めようとすると、先ほどの通信兵に止められた。
「あ、あの、准尉!私の外套をどうか羽織ってください。」
…ああ、先程の砲撃で私の軍服は、衣服の形を成してはいなかった。
「…ありがたく頂こう。」
視点転換:砲兵部隊長
司令支部によると、我が部隊は、敵砲二基を破壊せしめたらしい。そんな情報をよこした司令支部のあった高地は、吹き飛んでいるのだが… クソッタレ、あのまま三発目を撃ち込んでいれば… いや、あのまま撃ち込んでいたら先の二発のような成果を得ることは難しかっただろう。残る砲弾はたったの一発。敵軍からの砲撃は止んでいるようだが、あの一瞬で高地を狙うほどの感の良さだ、先の二発でこちらの場所もあらかた割り出せているだろう。たかが一発されど一発の砲弾、この一発で戦況が左右されるといっても過言ではないだろう。高地に向かっていった敵弾の軌跡から敵砲の位置を予測し、その座標へと砲を向ける。あとは撃つだけ…
その時土嚢の影から少女の声が聞こえてきた。
「左方に二度上方に四度であります。砲兵隊長殿。」
聞き覚えのある一度単位での方向調整…
「貴官は何者だ!?」
身の丈に合わない我が軍の軍服を身に纏った隻眼の少女と三人の兵が姿を現す。
「小官は、ミーア・エッケルト准尉であります。高地が砲撃に遭いました故、ここに参上した次第であります。」
なんということだ、我々は今の今まで、このような少女の命に応じて動いていたというのだろうか。いささか信じることができないが、戦場はそんなことを気にしてられるような場所ではない。我々が置かれている戦場は、常日頃から非常識的である。例え九つにも満たないような少女が指揮をとっていても、我々はそれに従う他ないのだ。現に彼女が率いている兵は彼女に忠実のように見える。先の成果も彼女のおかげではないか。
「了解した。ミーア准尉殿。総員!砲撃用意!」
「装弾確認よし!」
「発射!」
我が軍の砲が火を吹き、砲弾は綺麗な軌跡を描く。
「これで良かったのかね?准尉殿?」
着弾地点の方角を見つめる少女に問いかける。
「はい、兵長殿、全くもって問題はありません。現時点をもって、敵兵の大砲三基を全滅せしめたことを確認しました。」
満足そうに微笑む少女、天使のような笑みだが、どこか不気味さを感じる。
視点回帰:ミーア・エッケルト
生まれて初めて砲撃を間近で観たが、これっきりにしたいものだ。子供の耳には刺激が強すぎる。何はともあれこれで敵軍からの砲撃に怯えることは無くなったのだ。通信兵は、機器のセッティングを終えたようだ。すぐさま司令部との連絡を急がせる。
「こちら"フロイライン"現時点での状況を報告する。応答願う。」
「了解した。"フロイライン"前線はどうなっている?」
ピリピリとした空気が伝わってくる。現時点までに起きた出来事を要約して伝える。無論身体の再生の事案については伏せさせた。本部はあくまで戦況を聞いているのだから。
「それは本当か?"フロイライン"本部には少女の戯言に付き合えるほどの余裕はないのだが… 報告感謝する。六時間ほどで追加の軍隊が到着する。それまで引き続き指揮を頼む。」
あまりの状況の好転ぶりに本部の人間は報告を信じることができていないようだ。ここまでうまく行くとは、私自身にも信じられない事である。
たった六時間程の辛抱だ。あと六時間でこの地獄から脱することができる。
「砲兵隊長殿、ここを臨時の司令支部としても良いですか?」
敵軍に動きがあったのは援軍の到着まであと数刻といった時であった。その時私は、"友軍のお陰"で敵からの砲撃の危険が無くなった高地に向かっていた。平地だといかんせん私の異能は、役に立たないためであった。夜空よりも暗く黒焦げた高地から敵軍を見渡すと、すぐさまその異変に気が付いた。一個大隊規模の軍勢が塹壕にて息を潜めているのだ。
「しまった、突撃される。」
敵軍には大きな数の利がある。我が軍が蹂躙されるのは明白なことであった。その時、私の脳裏にこの地獄を破壊し得る悪魔的な作戦が思い浮かんだ。
"ピンチはチャンスになり得るのだ。"
良識のある大人であれば、実行し得ないような馬鹿げた作戦であったが、時間がない。
早急に偵察兵を走らせる。
「偵察兵!すぐに司令支部に戻り、前線の軍に撤退命令を下せ!私にはすべきことがある。」
偵察兵が去るのを見届けると、私はすぐさま前線へと駆け出した。あれをやるのなら今しかない。
高地を駆け下り、体内に覚醒剤を生成し、友軍の塹壕を飛び越え、血中の赤血球の量を増やす。敵軍からの銃弾を身体に受けつつ、肉塊が散らばる荒野を走り抜け、敵軍の塹壕の上に立つ。呆気に取られていた敵軍の顔を見つめ、丁寧にお辞儀をする。
「皆々様はじめまして小官は、デグナ帝国軍臨時指揮官ミーア・エッケルト准尉であります。」
"目"で観測した塹壕内の座標に等間隔で一酸化炭素を充満させる。しゃがみ込んでいた敵軍の意識が薄くなりそれに気がついた敵軍が助けようとする。一人の兵が私に向かって発砲する。
「そしてさようなら。」
その刹那、私は肺の中に空気を生成しながら呼吸を止める。
溜まっていた一酸化炭素に引火し、塹壕内は大きな炎に包まれる。急激な酸素濃度の低下と全身の熱傷によって塹壕内の敵軍は壊滅。
吹き飛ばされながら敵の様子を伺う。塹壕内に生存者は存在しない。敵砲も見事に破壊されている。遠方に司令官のような男が立っているが、此方の状況を理解できているのだろうか?
「なんという光景だろうか。」
概ね作戦通りに事が進み満足感を覚えつつ、朦朧とする意識の中で自身の詰めの甘さを痛感する。
"視界が微睡みはじめてきた。"
周囲の酸素濃度の低下が原因ではない。単なる体力切れである。再生後の万能感に酔いしれて、自身の異能のコストについての観念が抜けていたのだ。冷静に考えればこうなるのも無理のない話であった。大規模な人体再生に加え、広範囲に渡る一酸化炭素の生成、全身に負った重度の熱傷の回復、これを一日の間に行ったのだ。寧ろよくぞここまで意識を保つ事ができたものだ。
私は友軍の塹壕付近まで吹き飛び、そこで気を失った。
帝国暦五一年五月六日
夜明けとともに帝国軍は未曾有の大逆襲を遂げた。メジドナル連邦の新型砲を三基破壊せしめ、一個大隊規模の軍勢を駆逐し、連邦に撤退を強いたのだ。それも全てかの少女の手によって…
帝国軍議会は満場一致でミーア・エッケルト准尉を大尉に叙官することと魔道騎士銀杖章の叙勲を決定した。彼女が帝国初の叙位者であった。異例の出来事であったが、彼女についての情報が帝国内に知れ渡ることはなかった。
かくして私は、幻の"魔道騎士銀杖章叙位者"ミーア・エッケルト大尉となったのだ。
ミーアが獲得した称号
トラウマメイカー
初めての砲撃見学
プロパガンダ製造機
迷策士
ヤクヅケ突撃
エンターテイナー
毒ガス使い
爆発系魔法使い
逆襲の狼煙
遊び疲れた子供
大尉
幻の"魔道騎士銀杖章叙位者"