第四話 それぞれの物語
これらは、少女の観測外で繰り広げられた物語。
視点ハインリヒ・ヴィルヘルム・エンルスト
「逸材だ。」その少女に対してそう思ったのは、帝国暦四十九年の春の事だった。
私は、帝国お抱えの科学者として異能研究をする傍ら、調査師の仕事もしていた。ある時私の耳に帝国の伝承を研究するチームからある研究報告が舞い込んできた。長年にわたって不明であったこの国の根元である魔女を匿っていた村の伝承の元となったであろう村が発見されたという報告だった。帝国はその報告を"不確かなものである"として突っぱねたらしいが、私には興味深いものであった。
"濃い魔女の血を引く者がいるはずだ。"
そう考えた私は自らその村に赴き、そして出会った唯一の異能保持者がミーアだった。当初は異能保持者が一人しか居なかったことにがっかりしていたが、長期観察が必要であると考え帝国軍教務部に無理を言って教職につかせてもらった。するとどうだろうか、あの少女は等級分けをすることができないようなとんでもない力を発揮したのだ。"彼女についての研究がしたい。"その思いで彼女からレポートをもらったその日に教師をやめた。教務部には悪いが、そうせざるをえなかった。彼女には私が何を考えているのかが"わかる"のだから。
ここで、異能研究の第一人者として彼女の異常性を説明すると普通人に与えられる異能は身体強化が主で、発達した一等級の異能であっても目がよく見える、体がすごい丈夫、耳がよく聞こえちゃう、といったようなギリギリ人間性を保っているものであり、非科学的なことはできない。少なくとも今までの私の研究結果に基づく考察であったが、彼女はそれを清々しいほどにぶち壊してくれた。彼女のレポートによると、彼女の異能は目にしたものの情報を事細かに把握し理解するという人間とは到底思えない代物であった。
そう!彼女こそが私にとっての、いや、帝国にとっての"ギフト"だったのだ。
またもや私は教務部に掛け合い、彼女を高等科へ編入させた。元々ハッキリとした学年区分ではなかったためすんなりと事は進んだ。そして帝国暦五十年の冬、彼女とサンプル二人を用いて旧知の仲であったローラン少佐とレンゲル長官に掛け合いある任務に就かせた。その任務は、表面上は敵情を視察するといったものであったが、本当の目的はそうでなかった。彼女についての新たな可能性を探るべくこの私が考案したある種の人体実験だったのだ。幸い、私自身が向かわなくても、彼女が出来の良いレポートを書いてくれるので用意してただ待つだけの簡単な実験であった。実を言うとその用意すらも他人にやらせているのだが、
実験の趣旨としては、今まで信じられてきた異能が欠損部位を補う為にあるといった説を確かめるといったものである。そのためには、彼女にどこかしらを欠損してもらわないといけない。しかし、私自身が彼女を傷つける訳にはいかない。そこで、この任務である。戦場であれば多少の負傷は致し方ない。
軍学校には、ニックという上の命令に忠実な人間がいた。私はそれを利用した。
視点移動ニック・グレンジャー
入学して間もない頃私にある命令が軍部から下った。対爆訓練と"ある少女の監視"という馬鹿げた命令。
異能研究学科高等部一等科に一人の少女が入学してきた、齢七歳で高等部に編入…どうやらただ者では無いらしい。噂によると一人の教職員を葬り去ったとか?まぁこの噂が真実なら何かしらの処分が下されているだろう。いや、私の報告次第では…というか、監視任務なら対象に関する細かな情報くらいよこすだろう。入学時はそんなことを彼女に対して思っていた。一月もするとミーアがただのおとなしい少女だということは、皆の共通認識となった。異能のおかげで学年一位の成績を修めていること以外は普通の少女である。あの噂もミーアが天才であるが故に教師が匙をなげたのだろう。
ミーアが異常であるのならば、私も十分に異常である。刃物で切り付けられたり、近距離での爆発、発砲、そんなことをされても基本的に擦り傷程度で済むのである。我ながら人では無い…
時が経ち戦地見学の前日ある命令が軍部から下った。
"対象を負傷させよ。"全くもって謎である。軍部は何を考えているのだろうか?それとも帝国は遂に都合の悪い人間を抹消する某北国のようになってしまったのだろうか?しかし引っかかるのは"負傷させよ"といった文言である。一体どの程度のことを言っているのだろうか?そう考えていると、書類が二枚あることに気がついた。それは実行計画書であったが、公文書にしては、やけに気味の悪いものであった。
㊙︎帝国軍軍需科学部異能研究科
※この書類に目を通した後は速やかに処分すること。
親愛なるニック君ご機嫌様、君の異能については研究報告書を通じてよく知っている。君の体組織は君の意思で自由に伸縮し、その硬度は鋼鉄にも勝るとか、まぁそんなことはどうでも良い、そんな君にお願いだ。とはいえそんな難しいことではない。なーに心配はいらないさ、任務先でミーアという少女と一緒に自爆するという簡単なお仕事だからね。って長々と書いたけど一枚目の紙にそう書いたっけ、まあいいや。とりあえず、君らには、敵軍の情報を探るという名目で敵軍の前線の目下まで行ってもらう。そこまでは無事に送り届けてやってくれよな。君の髪の毛に私特製のブービートラップを結びつけておくから二人が視認できない距離を保って現地まで運んでくれ。あとはあたかもそこで見つけたフリをして"ドカン"だ。くれぐれも致命傷は与えないように、そしてもちろんこのことは口外しないこと。君が両親思いならね。あとその任務には、ユリーシャ君も行くから極力巻き込まないこと。じゃああとは頼んだよー
君に幸運あれ、ハインリヒ・ヴィルヘルム・エンルスト
まったくもってふざけた文章であるが、従わざるをえない。そして翌日私は、信じられない光景を目の当たりにするのだった。
視点回帰ハインリヒ・ヴィルヘルム・エンルスト
任務予定日の翌週興味深いレポートが届いた。作成者は、もちろん彼女実験は成功したらしい。レポートによると彼女には、身体の再生機能が生まれつき備わっていたらしい…信じられない。いや、あってはならない。これは今までの事例からなる考察からはかけ離れたことであった。異能というのは、あくまでホメオスタシスの範疇で説明がつくものであった。しかし、この事案はどうであろうか?彼女は片目の欠損以外は至って健康そのものである。今回の事案で目の再生がないということは、この異能によって異能の対価となった部位は再生しないということになる。よって彼女の"再生"という異能は、右手を対価として得たものではないということになる。全くもって訳がわからないがそれと同時に新たな彼女への"興味"が芽生え始めた。
「さて、次はどんな実験をしようか。ミーア?」